ギルド長フィーネ

 



 大神殿。グレゴールさんを探してさまよい歩いた私は、裏手で忙しそうにしている彼女を発見した。

 どこか、急いでいるような様子。

 引き止めて良いのか少しだけ迷ったけど、私も後が控えているので声をかけることにする。


「グレゴール、さん」


「……ユキ様。私のことはグレゴール、と」


「あ、ごめんなさい。 えっと、グレゴール」


「はい。 なんでございましょう」


「その、ゴブリンの砦? のことなんですけど」


 その瞬間、空気が変わったのがわかった。

 柔和な表情が一変し、締まった戦士の顔になる。


 ……多分だけど、こっちが素じゃないかな。


「……その話を、どこで?」


「えーと。探検してたら、遭遇」


「…………別室でお伺いしても? そう時間は取らせません」


 いま、一瞬『こいつは何言ってるんだ』って顔された気がするよ。

 なんとなく察しては居たけど、これは思った以上に大事の予感だね。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇



 神殿の、奥の一室。

 先日……というか、今朝か。 通された部屋とはまた違う、来賓用の部屋。


 示されたソファに座り、グレゴールさんと向き合った。


「申し訳ありませんが、同席させたい者がおります。構わないでしょうか」


「あ、もちろん」


「感謝します。では、もう少しだけお待ちを」


 こくりと頷く。

 出されたお茶を飲んで待つこと、2.3分。


 バタンと扉が開かれ、誰かが入ってきた。

 金色の髪を肩まで降ろした、翠眼の女性。

 尋常ならざる佇まい。なかでも一番の特徴は、その尖った耳だろう。


 というかあれだね。私、やばい人としか出会っていないような気がするんだけど。


 表示されるレベルは当然のように150。

 あはは。私の常識がぶっ壊れていくよ。

 

 ……あれ? そう言えば、あのおばあちゃんだけはレベルすら表示されなかった。

 一体何者なんだろう。


「…………フィーネ。 ノックをしてくださいと何度言えば」


「もー。いつも硬いんだから。お硬いのは名前だけにしない?」


「フィーネッ!」


「あは。冗談…………あら、今日は見慣れない子がいるのね?」


 フィーネと呼ばれた女性の意識が、こちらに向けられる。

 その眼光が一瞬鋭いものに変わり、思わず胸が締め付けられるような思いを覚えた。


「……ユキ、です」


 立ち上がる。

 正面から見返し、堂々と目を見返して、応答。

 なんとなく、そうするのが正解なような。ただの、直感。


 しばし見つめあっていると、ふっと身体が楽になる。

 彼女を見ると、悪戯っぽい笑みを浮かべていた。


「……フィーネ。初対面の相手を試すのは辞めなさいと」


「あはは。癖みたいなものだから。ごめんね? ユキちゃん。

 私はフィーネ。一応、ここの冒険者ギルド長をしているわ」


 首を横に振る。大丈夫。全くもって問題は無い。

 正直なところ、レベルを見た時点で覚悟はしているしね。


「それにしても、ユキってことは……貴女が?」


「え、えーっと。多分?」


「ユキ様、自信を持ってください。紛れもなく、貴女様が聖女です」


 うえっ。怒られちゃった。

 そ、そうは言ってもさ、こんなやばやばそうな人たちに囲まれて、『お前があの……?』みたいな扱いされても萎縮しちゃうって。


「なるほど。話をしてみたいとは思っていたけれど、想定していたより早かったわね。

 それで? 緊急報告って何かしら。その娘に関わること? 」


「ゴブリンの砦が、発見された。詳しくはまだ聞いていないが……」


「……なるほど。ユキちゃんが、見つけたのね?」


 こくりと頷く。

 うーん。空気がとても重い。


「砦までが出来ていたとなると、警戒レベルを上げた方が良さそう」


「そうね。砦が完成してからの奴らの動きは早いわ」


 不意に、グレゴールさんの視線がこちらに向いた。

 反射的に、背筋が伸びる。


「正直にお答えください。責めるつもりはありません。砦とは交戦しましたか?」


「え? あ、えーと…………はい」


 うげ。眼光が鋭くなった。


「不味いわね。

 やつらの砦が完成していたとして、一度大きな刺激を受けると一気にそこを拠点にして攻め寄せてくるわよ」


「今すぐ砦に攻撃を仕掛けても……間に合わないか」


「厳しいでしょうね。いまさら砦を壊したところで、もう既に後ろに伝令が行っているだろうし」


 深刻な表情で話しあうお二人。

 こ、これはかなりマズったかもしれない。


 ……あれ? でも。


「あ、あの」


「なにかしら」「どうされました?」


 一斉に問い返されて、思わず言葉に詰まった。


「……砦なら、もう使えないと思います」


「「……は?」」



 二人の声が、重なる。

 絶世の美女といって差し支えない二人が揃って口を開ける姿は、なかなかに印象的だった。




 ◇◇◇◇◇◇◇◇




「あっはっはっはっ!!」


 甲高い笑い声が、部屋中に響き渡る。

 目に涙まで浮かべて大笑いしているフィーネさんの姿に、私は思わず面食らった。


「…………つまり、ユキ様はお一人で西門の先、魔の地帯を探索。

 ゴブリンの砦を発見し、交戦。

 そのまま破壊してしまった……ということですか?」


 確認をとるグレゴールさんも、はっきりとした呆れ顔。

 でも、どことなく楽しそうに見える。


「えっと…………すみません」


「いえ、とんでもありません」


「あーーお腹痛い…………ユキちゃん、大丈夫。最高よ」


 ぐっと親指を立てるのは、フィーネさん。

 なんというか、短時間でいろんな表情を見せてくれる方だね。


 ……最高?


「そもそも私が説明をしなかったのが問題なのですが……。

 ドゥーバの西門から出てしばらく進んだ先は、魔物……とくにゴブリンどもの勢力が一段と強く、『魔の領域』と呼ばれています」


「普段はそこまで脅威でも無いのだけど、十数年に一回。ゴブリンたちの勢力が一段と強くなることがあるのよ。

 この街周辺でゴブリンの動きが活発になるのが前兆。そして決まって、街から少し離れたところに奴らの前線砦が建てられるの」


 こくこくと頷いて、説明を聞く。


「前線基地の建設が、我々にとっての危険信号。それから暫くすると、そこを基点としてゴブリンの大侵攻が行われます。

 完成した砦を刺激してしまうと、危機感を覚えた彼らの動きが一気に早まる……と分析されています」


「そんなところにユキちゃんが砦をぶっ壊したなんて言うものだから、つい笑っちゃって。

 完成された拠点が突然の襲撃により破壊された以上、もうしばらくは私たちに猶予が与えられたことになるわ。

 本当にありがとう」


「えーと……勢いのまま動いちゃっただけですので、むしろ申し訳ないというかなんというか」


「うふふ。それが異邦人の強みね。今回はそれがプラスに働いた。素直に喜びましょう」



『EXクエスト[ゴブリンの前線基地]を完了しました』

『レベルが26に上がりました』

『エクストラクリアを達成』

『レベルが28に上がりました』

『[ドゥーバの希望]を獲得しました』




『ワールドアナウンス』

『これは、ログイン中の全プレイヤーに配信されています』

『ワールドクエスト[ゴブリンの大侵攻]が開始されました』

『詳細は、メール並びに公式サイトをご覧下さい』



 あー……えっと。

 結局そうなるんかーーーーい!!!!




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