ログインと初配信
夕食の簡単な下ごしらえと、軽く掃除を済ませて部屋に戻る。
時刻は15時数分前。ピッタリだ。
どんなゲームなのか。楽しめるのか。そして、配信はうまく出来るのか。様々なことが相まって、唇が乾くのを感じる。
ふとログインする前にスマホを確認すると、何やら通知が来ていた。
『簡単にだけどこっちで告知もしてみたよ!頑張れ。初配信☆』
思わず、ふふっと笑ってしまった。
昔から、奏にはこういうところがある。私が困った時、不安を抱えている時。心を読んだかのように必ず声を掛けてくれた。
うん。大丈夫。きっと、全部楽しめる。
機材と配信設定の最終確認を済ませ、待機すること数分。
さあ、三時だ。接続を開始。
さて、どんな出来事が待ってるかな──
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「うわぁ…………」
まさに、中世ファンタジーといった町並み。
一軒家が立ち並び、遠くには大きな城のようなものも見えている。
スタート地点は事前情報通り街の入口付近らしいね。すぐそこに、門がある。
いかにも新人って感じの装備の人が次々と現れては、同じように周りを見渡したり、すぐさまフィールドの外に出て行ったり。
道沿いには屋台が並んでいて、遠目に見る限りではアイテムや食料、簡単な装備も売っているようだ。
忘れずに、配信を開始。ありがたいことに、もう視聴者さんがいるようだ。奏のお陰かな。
「あーー……テス、テス。聞こえておりますでしょーか?」
『わこつ』
『初見』
『カナのマブダチが配信を始めると聞いて』
『聞こえとるよ』
配信を開始するなり、視界の片隅に表示される『配信中』のマークと、視聴者数。そして、コメント。
うん。問題なく出来ているみたい。
「わーよかった。配信って初めてだからドキドキで……」
『ばっちり』
『かわいい』
『この初々しさ。最古参だけが味わえる特権よ』
「えへへー。そうだね。今来てくれてる人は本当の最古参だ。なるべく多くの人が残ってくれるように頑張るね」
両手を握って、決意を新たにする。
この中の1人にでも、私のワクワクを共有できたら嬉しい。
開始すると同時に、まるっこい小さな物体が一つ現れて私の周りをふよふよと飛び始めたんだけど、これが配信用のカメラってことかな?
「それにしても……すっごい人だねぇ」
『まぁ、開始直後やしな』
『フィールドも人すっごいよ』
『β上がりの奴らは速攻でフィールドでてる奴も多いからな』
噴水広場は、沢山の人でごった返している。
野良パーティー……って言うんだっけ? それを募集している人、待ち人がいる人……うん、一杯。
思わずきょろきょろとしてしまう。
人の流れは、大きなものとして二つ。
一つは、我先にと外へ出ていくもの。初期の時点で、武器は木の棒しか配布されていない。
けれど、コメントでもちらっと出たとおり。βに参加した人はキャラメイクの時点で選択すれば、職業を引き継いだ上でそれに対応した初期武器を貰えるんだそうな。そういう人が、真っ先に外に出ているんだろう。
もう一つは、広場からちょっと歩いたところにある、大通りへと向かうもの。
その先にはひときわ大きな建物があり、人々はこぞってそこへ入っている。
「わーーおっきい建物だねぇ」
『あれがギルドか』
『城を除けば一番でかいらしいよ』
『おっきぃ』
先んじて公開されていた情報によると、その場所は冒険者ギルドと言うらしい。冒険者に対して、魔物素材の買取りをしてくれたり、簡単な消耗品を購入させてくれたりする。他にも、相談窓口が常設されているほか、噂によると訓練施設まであるそうだ。
新規のプレイヤーはまずそこへ行って自身の職業を選択。そうすることで職業に応じた初期武器を貰えるらしい。
望む者は、申請すれば訓練施設を使えるとか。そこは今度覗くとして、とりあえず職業選ぼうか。
『初見 タイトルに釣られた』
『あ、確かに。気になってた』
「初見さんいらっしゃい~ えへへ、待ってね。面白い戦い方を思いついたんだぁ」
『何故だろう。既に不安しかしない』
『奇遇だな。私もだ』
『俺も』
『我も』
「みんな酷い! いいもん後で見てろよー!
あ、イベントというか、人と会話している時はコメント見られないから、そこは予めよろしくね」
配信も大事だけど、一番はこっちの世界を楽しむことだからね。そこはちゃんとしないと。
そうこうしているうちに、建物に着いた。
入ってみたところ、思っていたほど混んではいない。
「あれ?もっとめちゃめちゃに混んでいると思ったけど」
『開始直後にログインしてる訳だし、ベータ上がりのガチ勢が多いと見た』
「なるほどねぇ」
「次の方、どうぞ」
おっと、私の番だね。
考え事を打ち切り、窓口に立つ。受付は、透き通るような黒い髪が素敵なお姉さん。
「お待たせ致しました。本日はどのようなご要件でしょうか」
「はい。冒険者の登録をお願いしたくて」
「新規の冒険者登録ですね、少々お待ちください」
程なくして、1枚の書類と、ボールペンが差し出される。
やったら本格的だなぁ。
「こちらにお名前と、希望される職業を御記入下さい」
頷いて、書類に目を落とす。
名前のところはユキでいいんだよね? 職業は……
ああ、そうそう。ここで一度、職業について確認しておこうか。
職業……クラスって言う人もいるけど。このゲームにおけるそれは、大きく二つに分かれるらしい。
この場で登録することでなることが出来る基本職と、特殊な条件を満たすことで転職できるようになる上級職。
上級職には、現在確認されているだけでも聖騎士、魔導師など色々とある……が、β時点でなることが出来た人は一人もいなかったそうだ。
基本職は、軽戦士、重戦士、弓術士、神官、魔術師とある。他にもまだあるという噂もあるけど、ここで転職できるのはこの五つだ。
職を何にするかは、もう決めてある。すらすらっと記入し、用紙を提出。
「……はい。ユキさん。重戦士ですね。少々お待ちください」
『ほー重戦士にするのね』
『ちょっと意外』
『確かに。軽戦士っぽい』
「そう? まぁ、やりたいことにピッタリだからね!」
お姉さんが手続きのために少し席を外したのを見て、ちらっとコメントを拾う。
意外ってコメントが目立つね。小柄だからかな?
おっと、お姉さん帰ってきた。随分と早いね。
「お待たせしました。こちら、冒険者証と、心得になります。後で必ず目をお通し下さい。冒険者証は共通の身分証明になります。再発行には費用がかかりますので、紛失されないように気をつけてくださいね」
「はーい。ありがとうございます」
心得には、冒険者としての心構えやら規約やら、あと簡単なガイドみたいなものが書かれてあるみたい。後で軽く読んでみようか。
やることは済ませたので、さっとギルドを出る。
「それにしても、随分と本格的だったなぁ」
『せやね』
『もう一つの世界 がコンセプトらしいよ』
『おねーさん美人で好き』
「あーわかるー。綺麗だったよね」
さて。ギルド登録も終わったので、次はいよいよフィールドに出てみようと思う。
街の探索もやってみたいけど、また今度でいいかな。
「さて。じゃーお待ちかねのフィールドに行きますか!そのまえに、ステータス見てみる?」
『お』
『お』
『みたい』
『見せて大丈夫なん?』
「あープライベート設定ってやつ?いいのいいの。手の内とかより、いまはのんびり楽しみたいだけだし」
プライベート設定ってのは、配信画面で開示する情報を制限する機能のこと。
今回のケースだと、自分のステータスに関しては配信で映さないように設定することが出来るみたい。
手の内を晒したくない、いわゆるガチ勢とかには人気なんだろうけど……私はいいかなって思ってる。そんなガッチガチに固めるつもりもないしね!
「そいじゃ、ステータス開くよ! 私のやりたいことひと目でわかると思う!」
ちょいちょいっと画面を弄って、ステータス画面を可視化させる。
操作自体はとても簡単。こうして……ほいっ
◆◆◆◆◆◆◆◆
名前:ユキ
職業:重戦士
レベル:1
HP:1815/1815
MP:0
右:初心者の剣
左:初心者の大盾
頭:バンダナ
胴:革のよろい
脚:布のズボン
靴:革のくつ
物理攻撃:5
物理防御:8
魔法攻撃:3
魔法防御:3
VIT:100
STR:0
DEF:0
INT:0
DEX:0
AGI:0
MIN:0
所持技能:最大HP上昇 自動HP回復 GAMAN
称号:無
◆◆◆◆◆◆◆◆
『『『『は?』』』』
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