伯爵令嬢は男爵令嬢となり、やがて王妃となる

第13話 不穏な国内情勢

「お帰りなさいませ、あなた、キャレ」

「お帰りなさいませ、公（こう）爵（しゃく）閣（かっ）下（か）、キャレさま」

「ただいま」

「ただいま、マリエッタ、カナリア嬢（じょう）」

「酷（ひど）くお疲（つか）れですわね。何かございまして？」

「ああ……」

　神（しん）話（わ）劇（げき）の観（かん）劇（げき）前（まえ）、王（おう）城（じょう）に登（とう）城（じょう）なさっていらした公（こう）爵（しゃく）閣（かっ）下（か）とキャレさま。今日も登（とう）城（じょう）なさっていらしたのですが、酷（ひど）くお疲れのご様子。

　何があったのでしょう……？

　◇

「まあ、乱（らん）が起きそうですの？！」

「ああ……」

「我（わ）が国は、小麦の栽（さい）培（ばい）に適した土地は少ない。その為（ため）、ライ麦の栽（さい）培（ばい）を推（すい）奨（しょう）しているが……

　多くの領（りょう）で育てるには不向きな作物と分かっていて、小麦栽（さい）培（ばい）に注力している」

「領（りょう）民（みん）が飢（う）えない事をこそ、領（りょう）主（しゅ）は考えねばならぬと言うのに……！」

　そこで公（こう）爵（しゃく）閣（かっ）下（か）が、大きく頷（うなず）かれましたわ。

「かつて我（わ）が国は、食料不足や領（りょう）土（ど）拡（かく）大（だい）の為（ため）、幾（いく）度（ど）となく戦（いくさ）をした歴史はあるが……」

「今や、そんな国力はありません。それに、戦争をする以前に、我（わ）が国の農業は不十分。

　国土にあった農業を行い、国力を上げるべきなのです」

「……小麦が豊かに実る事に憧（あこが）れはございましても、小麦栽（さい）培（ばい）が自国に合うのか？　鑑（かんが）みる事が大切でございましょうに……」

「本当に……。ライ麦パンは、白いパンより体によい成分が豊富だと言います。

　人は、肉だけでは健康に過ごせない。白いパン、黒いパン、米、肉、魚、野菜、果物……。あらゆる物を適（てき）量（りょう）食べる事が肝（かん）要（よう）と、食事学の本にはありましたわ……」

　我（わ）が領（りょう）民（みん）には、その考えを広めております。そして、健康な者が増えておりましてよ。

「未（いま）だに小麦の白いパンこそ至（し）上（じょう）の食べ物と考え、小麦で公（こう）七などという税（ぜい）をとる者の多い事よ」

　公（こう）七ですって？！　そんな税（ぜい）を納（おさ）めては、領（りょう）民（みん）はどうなりますの？！

「今年は不作で、小麦で公（こう）八。足りない分はライ麦で公（こう）六、豆で公（こう）五、芋（いも）でも公（こう）五など……。小麦以外の物も併（あわ）せ、例年通りの税（ぜい）を納（おさ）めよなどと……っ。それでは領（りょう）民（みん）は食べていけるはずもない！

　あの領（りょう）は、元々税（ぜい）が高い。それが不作の年に、このような重（じゅう）税（ぜい）を取れば、領（りょう）民（みん）が生きる為（ため）に乱（らん）を起こしても不思議ではない……っ」

　国は臣（しん）下（か）に土地を与え、臣（しん）下（か）はそれに対して主君に忠（ちゅう）誠（せい）を誓（ちか）い、軍事的に奉（ほう）仕（し）する事で応（こた）えますわ。

　その為（ため）、税（ぜい）は領（りょう）によって異なりますの。国王陛（へい）下（か）ですら、領（りょう）の税（ぜい）に言（げん）及（きゅう）できませんのよ……。

　それでも、ここまでの重（じゅう）税（ぜい）を課（か）す領（りょう）は稀（まれ）。

「懐（かい）古（こ）主（しゅ）義（ぎ）派（は）には、重（じゅう）税（ぜい）を課（か）している領（りょう）が多い」

「もはや我（わ）が国の、害（がい）悪（あく）にしかなっておりません」

「領（りょう）地（ち）改（かい）革（かく）で商業に重きを置き、領（りょう）地（ち）経（けい）営（えい）が上手くいっている領（りょう）を叩（たた）く始（し）末（まつ）だしな」

「ええ。たった二年でなんとか領（りょう）地（ち）経（けい）営（えい）を黒字にまで回復したドゥールムン男（だん）爵（しゃく）や、それに追（つい）従（じゅう）して領（りょう）地（ち）改（かい）革（かく）をしている者を叩（たた）いている暇（ひま）があるのなら、自（じ）領（りょう）の産業を育てれば良いものを」

　そうなの。兄は従（じゅう）来（らい）の『貴（き）族（ぞく）たる者、働かざるのが貴（き）族（ぞく）』という風（ふう）習（しゅう）を捨（す）てたため、風当たりが強いのですわ。

　年若い領（りょう）主（しゅ）の方々の一部には、手本とされてもおりますが……

　懐（かい）古（こ）主（しゅ）義（ぎ）派（は）と呼ばれる派（は）閥（ばつ）の方たちからは、目の敵にされているのも事実ですの。

「……今日は喋（しゃべ）り過ぎたな」

「あ……。ええ、そうですね……」

　普段、公（こう）爵（しゃく）閣（かっ）下（か）もキャレさまも、お仕事の事は口になさいませんもの。余（よ）程（ほど）、腹に据（す）えかねられたのでしょう。

「すまない、忘れてくれ」

「ご婦人方にお聞かせする事ではありませんでしたね。申し訳ありません。

　どうかお忘れ下さい」

　……忘れてほしいと申されましても……

　そう思っても、忘れる事しか出来ませんのね……

　どうか、農（のう）民（みん）一（いっ）揆（き）が起こりませんよう……