伯爵令嬢は男爵令嬢となり、やがて王妃となる

第12話 神話劇観劇

「あちらをご覧（らん）になって」

「あら、まあ。素（す）敵（てき）な方たちね。ドレスも流行の、素（す）晴（ば）らしい物をお召（め）しね」

「あの殿（との）方（がた）は……、ルベラロイ公（こう）爵（しゃく）閣（かっ）下（か）ではなくって？」

「そのようですわ。横にいらっしゃるのは、マリエッタ元王女殿（でん）下（か）ですわ！」

　午前中はお仕事の為（ため）、登（とう）城（じょう）なさっていらした公（こう）爵（しゃく）閣（かっ）下（か）とキャレさま。お二人とは、教会で待ち合わせを致しましたのだけれど……

　王（おう）都（と）では公（こう）爵（しゃく）閣（かっ）下（か）のお顔も、公（こう）爵（しゃく）夫（ふ）人（じん）のお顔も知られているようですわ。

　ご夫（ふ）妻（さい）が揃（そろ）われてからは、回りの方たちが一段とざわめいていらっしゃるのよ。

「囲まれる前に、席に着こう」

「そうだな。カナリア嬢（じょう）、お手を」

　教会の一階の長（なが）椅（い）子（す）は、一般の方たちが。二階の個室は、貴（き）族（ぞく）や大（おお）店（だな）の商人など、お席の料金と寄（き）付（ふ）をした方たちが使える仕組みなのですって。

　王（おう）都（と）では、そのような仕組みになっておりますのね。

　お席は、公（こう）爵（しゃく）閣（かっ）下（か）が事前に取っていらしたようですわ。カードを補（ほ）祭（さい）さまにお渡しすると、案内の者がすぐにお席まで案内して下さいましたもの。

「あなた、キャレ。お食事はなさいましたの？」

「仕事が立て込んでね。まだだ」

「ちょっと小（こ）腹（ばら）が空いているんだが……」

「開（かい）演（えん）まで、まだ時間があるでしょう。軽く摘（つま）んでは？」

「どうぞ。公（こう）爵（しゃく）閣（かっ）下（か）、キャレさま」

　無（イン）限（ベ）収（ント）納（リ）からテーブルクロスに始まり、お料理を取り出しましたわ。それを公（こう）爵（しゃく）家（け）の侍（じ）女（じょ）が手（て）際（ぎわ）よく、備（そな）え付けのテーブルに並べて下さいました。

「これは有（あり）難（がた）いな」

「カナリア嬢（じょう）が作って下さったのよ」

「カナリア嬢（じょう）が？」

「公（こう）爵（しゃく）夫（ふ）人（じん）から、公（こう）爵（しゃく）閣（かっ）下（か）方（がた）がお昼を召（め）し上がる時間がないかも知れないとお聞きしたので、ご用意致しましたの」

　男（だん）爵（しゃく）家（け）となった時、有（ゆう）能（のう）な執（しつ）事（じ）と家（か）令（れい）を失う訳には参りませんでしたわ。

　その分、メイドや下（した）働（ばたら）きの者が減りましたの。

　そんな事情があり、領（りょう）地（ち）の見回りの時以外でも、料理をする機（き）会（かい）があったのですわ。

　それに、下（か）級（きゅう）貴（き）族（ぞく）ですと、女性の家（か）人（じん）が家事も熟（こな）している家も多いですから……

　観（かん）劇（げき）中（ちゅう）に音を立てるのはマナー違（い）反（はん）ですが、飲（いん）食（しょく）は認（みと）められておりますしね。上（じょう）演（えん）中（ちゅう）は、殆（ほとん）ど喉（のど）を潤（うるお）す程度ですが……。上（じょう）演（えん）が三時間から四時間と、長いから認（みと）められているのですわ。

　それに、十五分から三十分に一度、背（はい）景（けい）交（こう）換（かん）の休（きゅう）憩（けい）が。一時間に一度、長めの休（きゅう）憩（けい）がありますの。その時は軽（けい）食（しょく）を、短い休（きゅう）憩（けい）の時に喉（のど）を潤（うるお）すのは普通なんですのよ。

「有（あり）難（がた）いな。頂こう」

「カナリア嬢（じょう）、ありがとうございます」

「美（お）味（い）しそうですわね。私（わたくし）も頂いてよくって？」

「公（こう）爵（しゃく）夫（ふ）人（じん）もどうぞ、お召（め）し上がり下さいませ。

　公（こう）爵（しゃく）閣（かっ）下（か）方（がた）のお食事代わりですので、多めに作っておりますわ」

　カナッペが四種類、一口キッシュ、一口トマトのサラダ。カップに入れたスープ。それに、ワインと果（か）実（じつ）水（すい）。

　飲（いん）食（しょく）が可（か）とはいえ、流（さす）石（が）に匂（にお）いの強い肉類などのお料理は憚（はばか）られますわ。それも加（か）味（み）した軽（けい）食（しょく）にしておりましてよ。

「これは……！」

「美（お）味（い）しい……！」

「とても美（お）味（い）しい！」

「皆（みな）様（さま）のお口に合って、宜（よろ）しかったですわ」

「一日三食になって久しいからな。こんな美（お）味（い）しい食事が頂けるとは、思いがけない幸（こう）運（うん）だ」

「こんなに美（お）味（い）しいこの料理を頂いたら、落ち着いて観（かん）劇（げき）できるな」

「まあ、あなた達ったら……」

　こうして、観（かん）劇（げき）前はゆったりとした時間でしたのよ。

　◇

「うっうっ、ぐすっ」

「ぐすっ、ぐすっ」

「マリエッタ……」

「カナリア嬢（じょう）……」

　公（こう）爵（しゃく）閣（かっ）下（か）方（がた）は観（かん）劇（げき）の後、外で食事のお心（つも）算（り）のようでしたが……

「あの演（えん）出（しゅつ）に……、新しい楽（がっ）器（き）の調（しら）べのなんという物（もの）悲（がな）しさ……」

「ううっ、公（こう）爵（しゃく）夫（ふ）人（じん）。ぐすっ、心にとても響（ひび）く、素（す）晴（ば）らしい調（しら）べでしたわね」

「本当に……ぐすっ」

「どの女性も、皆（みな）様（さま）お嘆（なげ）きでございましたけれど……。胸を打つあの調（しら）べは、本当に宜（よろ）しかったですわね……ぐすっ」

　公（こう）爵（しゃく）夫（ふ）人（じん）と私（わたくし）が、悲（ひ）恋（れん）神（しん）話（わ）劇（げき）の大作の名（めい）場（ば）面（めん）に涙（なみだ）が止まりませんの……

「やれやれ……。マリエッタは、まだ平気だと思ったのだが……」

「そうですわね。私（わたくし）も、ぐすっ、観（かん）劇（げき）するまではそう思っておりましたわ。今まで同じ神（しん）話（わ）劇（げき）を観（かん）劇（げき）して、このように嘆（なげ）いた事はありませんでしたもの」

「カナリア嬢（じょう）は、かなり見入っていらっしゃいましたね……」

「役（やく）者（しゃ）が皆（みな）、素（す）晴（ば）らしかったのですもの。うっうっ、ぐすっ。

　よく知っている物語でしたが、物（もの）悲（がな）しさをよく表す楽（がっ）器（き）の調（しら）べが合わさると……ううー……っ」

「あなたやキャレが、そのように心動かされていないのが不思議ですわ」

「いや、心は動かされているよ」

「ええ。胸に迫（せま）るものはあります。しかし……」

「うむ……」

　こ、これが、男性と分かり合えないと言われている事の一つなのですわね？　こんなに感（かん）情（じょう）を揺（ゆ）さぶる、素（す）晴（ば）らしい観（かん）劇（げき）でしたのに……

「カナリア嬢（じょう）、帰ったら二人でゆっくり語り合いましょう」

「はい、公（こう）爵（しゃく）夫（ふ）人（じん）。そう致しましょう」

　この日、夜遅くまで公（こう）爵（しゃく）夫（ふ）人（じん）と語らい、そしてとても親しくなる切っ掛けとなりましたわ。

　キャレさまがドレスの着こなしなど、色々褒（ほ）めて下さいましたが……。今日は、そんな言葉も霞（かすん）んでしまいましたわね……

　代わりに、そんな素（す）晴（ば）らしい神（しん）話（わ）劇（げき）の観（かん）劇（げき）に、王（おう）都（と）へお連れ下さった感（かん）謝（しゃ）はとても深まりましたわ。