伯爵令嬢は男爵令嬢となり、やがて王妃となる

第8話 晩餐会

　緊（きん）張（ちょう）のお茶会が終わり、夜はもう何もないだろうと思っておりましたら……

　キャレさまが急（きゅう）遽（きょ）お泊（と）りになる事になり、転（てん）移（い）者（しゃ）式（しき）晩（ばん）餐（さん）会（かい）が開かれる事になりましたの。

　お茶会の間は、どうにか耐（た）えましたわ。公（こう）爵（しゃく）夫（ふ）人（じん）は、この大陸一の美少女と言われておりました王女殿（でん）下（か）。その公（こう）爵（しゃく）夫（ふ）人（じん）と並（なら）ばれても、全く見（み）劣（おと）りなさらない美（び）丈（じょう）夫（ぶ）の公（こう）爵（しゃく）閣（かっ）下（か）。

　キャレさまは、微（び）笑（しょう）を消されましたら、彫（ちょう）像（ぞう）のような整（ととの）った美（び）貌（ぼう）の美（び）男（なん）子（し）。

　ですのに、晩（ばん）餐（さん）会（かい）でまでお会いしますの？

　煌（きら）々（きら）しい男性方と、煌（きら）々（きら）しい公（こう）爵（しゃく）夫（ふ）人（じん）。お三方に負けない、品の良い煌（きら）々（きら）しいお部屋にと……

　何もかもが眩（まぶ）しく、目（め）眩（まい）がしそうですわ……

「本日のメインディッシュでございます。

　カナリア嬢（じょう）の兄上、ドゥールムン男（だん）爵（しゃく）エイナル・トロッチェ・トゥ・ロワイさまより届けられましてございます、ルカット牛（うし）のステーキでございます」

「ほう。これが噂（うわさ）の」

「希（き）少（しょう）で、なかなか手に入らないお肉ですわね」

「一度食（しょく）しましたが、柔（やわ）らかく、美（お）味（い）しい肉でしたよ」

「一地方でしか育てられておりませんでしたから、まだ数が少ないのですわ。そのため、他（た）領（りょう）への流通は少のうございますの」

　……なんだか、ふわふわしますわね。本当に目（め）眩（まい）がしそうなのかしら？　何だか、顔が熱いですわ。

「カナリア嬢（じょう）？　スヴェンソン、カナリア嬢（じょう）にこちらを」

　キャレさまが執（しつ）事（じ）に申（もう）し付け、果（か）実（じつ）水（すい）をグラスに注いで下さいましたの。果（か）実（じつ）水（すい）を頂（いただ）き、しばらくすると気分も良くなって参（まい）りましたわ。

　ワインをグラス二杯（はい）頂（いただ）いて、その量で酔（よ）った事はございませんでしたのに。

「私が届けた、このワイン。転（てん）移（い）者（しゃ）の知（ち）識（しき）で、醸（じょう）造（ぞう）から瓶（びん）詰（づ）めまでされた品。慣（な）れた者でも、少々、酔（よ）いが回りやすいのです。

　口当たりが良いから、知らずと呑（の）むのが早くなるんですよ」

「まあ、そうでしたの？　大変美（お）味（い）しいワインですのに、呑（の）むのが躊（ため）躇（ら）われますわね」

「私も初めて呑（の）んだ際、すっかり酔（よ）った覚えがある」

　公（こう）爵（しゃく）閣（かっ）下（か）も、そんな事になられましたのね。

「私（わたくし）が輿（こし）入（い）れの時、何本か持（じ）参（さん）致しましたの。

　お気に召（め）されたのは宜（よろ）しいのですが、毎晩お呑みになられましたから。持（じ）参（さん）した物は、すぐになくなってしまいましたのよ」

　王女殿（でん）下（か）の輿（こし）入（い）れにお持ちになられたのなら、それなりの数があったはずですわよね？　それがすぐになくなるだなんて。

「しばらく、毎日酔（よ）っていたね。懐（なつ）かしいな」

「おいおい。毎日ではなかっただろう？」

「いいえ。毎日でしたわ」

　皆様、私の失（しっ）態（たい）には触（ふ）れず、なんと有（あり）難（がた）いのかしら。

「この、『鉄のプレート』は良いね」

「本当ですわ。こんなに温かいまま、最後までお料理が頂（いただ）けるだなんて」

「肉は冷めると硬（かた）くなる。最後まで、温かいまま美（お）味（い）しく頂（いただ）くには、このような鉄のプレートは良いですね」

「ルカット牛（うし）には、このプレートでのご提（てい）供（きょう）が合いますの。お気にめして頂（いただ）けて、宜（よろ）しかったですわ」

「そうなのか？　今日食べた肉は、前に食べたものより上物なのかと思いましたよ。温度はこれほどまで、料理に影（えい）響（きょう）するのだな」

「ここまで温かい食事は、なかなか口にできないからな。温かいルカット牛（うし）は、美（び）味（み）だな」

「夏はまだ冷めていても宜（よろ）しいのですが、冬は温かいまま頂（いただ）きたいですわね。

　冬にも、このような温かいルカット牛（うし）が食べとうございますわ」

「公（こう）爵（しゃく）夫（ふ）人（じん）、兄に伝えておきますわね」

　こうして、どうにか晩（ばん）餐（さん）会（かい）は終えられましたわ。

　王（おう）侯（こう）貴（き）族（ぞく）はお肉を食べ過ぎており、野菜や果（くだ）物（もの）を食べる量が、極（きょく）端（たん）に少ないと言われた女性転（てん）移（い）者（しゃ）。

　彼女の言（げん）に従（したが）い、考（こう）案（あん）された転（てん）移（い）者（しゃ）式（しき）晩（ばん）餐（さん）料理。

　お肉は少なく、お野菜をたっぷり摂（と）る晩（ばん）餐（さん）でしたが、とても美（お）味（い）しかったわ。

　その後、このお食事を続けておりましたら、体にも変化が出てきましたのよ！

　そんな転（てん）移（い）者（しゃ）式（しき）晩（ばん）餐（さん）会（かい）の後、普通は談（だん）話（わ）室（しつ）でおしゃべりを致しますが……

「カナリア嬢（じょう）は、もうお休みになると良い。今日は、もうお疲れでしょう」

「それは、貴（あな）方（た）が泊（と）まると言い出されたからだろう」

「キャレ。貴（あな）方（た）が狩（か）りの日をずらして、こうしてここにいるからでしてよ？」

「おっと……。カナリア嬢（じょう）、部屋までお送りします。私がここから逃げるお付き合いを願いたい」

　え……っと。あ、公（こう）爵（しゃく）夫（ふ）人（じん）が頷（うなず）いていらっしゃるわ。

「キャレさま、畏（かしこ）まりました。閣（かっ）下（か）、公（こう）爵（しゃく）夫（ふ）人（じん）、先に下がらせて頂（いただ）きます」

　徐（おもむ）ろに立ち上がり、辞（じ）去（きょ）の為にちょんと跪（カー）礼（テシー）をいたしましたの。有（あ）り得（え）ない事に、ふらついてしまい……

「カナリア嬢（じょう）……！」

　エ（儀）ス（礼）コ（的）ー（護）ト（衛）の為、近くまでいらしていたキャレさまに、とっさに抱きとめられる大（だい）失（しっ）態（たい）……！

「お酒には、あまりお強くなくていらっしゃるようだ」

「お顔色が余（あま）りお変わりなかったから、気付かなかったわ。ごめんなさい、カナリア嬢（じょう）。

　キャレ、カナリア嬢（じょう）をお部屋まで運んで差し上げて」

「もろろん、そう致します」

「いえっ、あのっ」

「転（こ）けてしまわれるより、よほど良い。部屋まで、しばしご辛（しん）抱（ぼう）を」

「きゃ……っ」

　！？！　！　？！

　そう仰（おっしゃ）るが早いか、キャレさまに颯（さっ）と抱き上げられ……

　そのまま、本当に部屋まで運んで頂（いただ）いてしまいましたわ……

　失（しっ）態（たい）も、恥（は）ずかしく悲しかったのですけれど……

　思わず、間近で拝（はい）見（けん）してしまう事になった、キャレさまの美（び）貌（ぼう）が瞼（まぶた）の裏に浮かんで……

　今日の失（しっ）態（たい）を、早く眠って忘れたいのに。この日は、なかなか寝付く事ができませんでしたわ。