「キャレ。まあ、貴（あな）方（た）ったら」

　美（び）貌（ぼう）の男性を見（み）詰（つ）めていると、公（こう）爵（しゃく）夫（ふ）人（じん）が男性……、キャレさまを探しにいらしたの。

「マリエッタ」

　キャレさまは公（こう）爵（しゃく）夫（ふ）人（じん）に見付かり、極（き）まり悪そうになさっていらっしゃるわね。

「キャレ、狩（か）りの後でしょう？　簡（かん）単（たん）にお風呂を済ませ、身（み）繕（づくろ）いくらいなさいな」

　必要以上の日焼けを好まない貴（き）族（ぞく）女性らしく、傘（かさ）地（じ）の端（はし）に沿（そ）って長いレースの垂（た）れた日（ひ）傘（がさ）の中。公（こう）爵（しゃく）夫（ふ）人（じん）は呆（あき）れたように、キャレさまをお咎（おとが）めになっていらっしゃるのだけれど。

　咎（とが）めていらっしゃるのに、とても慈（じ）愛（あい）に満ちた声（こわ）音（ね）でいらして、何だか不思議ですわ。

「ああ、それもそうでしたね」

「後でお茶の席で、私のお友達をご紹（しょう）介（かい）しようと思っていたのよ。

　お茶の時間に間に合うように、お風呂へ行きなさいな」

「そう致します。マリエッタの『お友達』、又（また）、後（のち）程（ほど）」

　美しいボウ・アンド・スクレープをし、キャレさまはそう仰（おっしゃ）ると、居（きょ）住（じゅう）塔（とう）城（じょう）へ向かう道を戻られましたわ。

「キャレが無（ぶ）礼（れい）を働いて、ごめんなさいね」

　キャレさまに声が届かないくらい離れられると、公（こう）爵（しゃく）夫（ふ）人（じん）に詫（わ）び言（ごと）を述（の）べられてしまいましたわ。

「公（こう）爵（しゃく）夫（ふ）人（じん）、滅（めっ）相（そう）もございません！　高貴なお方が、私に詫（わ）び言（ごと）など……」

　貴（き）族（ぞく）は、女性であっても滅（めっ）多（た）に詫（わ）び言（ごと）は口に致しませんわ。それなのに……！

「貴（あな）女（た）は、私のお友達でお客さまですのよ。何かあれば、詫（わ）び言（ごと）も当たり前でしょう？」

　確かに、そういう立場としてお仕（つか）えする取り決め。とはいえ、公（こう）爵（しゃく）夫（ふ）人（じん）が只（ただ）の男（だん）爵（しゃく）令（れい）嬢（じょう）に詫（わ）び言（ごと）なんて……！

「それは少しずつ、慣れて頂くとして……。

　散歩なさって、喉（のど）が乾いたのでは？　キャレ、さっきの男性ね。キャレは良く来るので、紹（しょう）介（かい）も兼（か）ねて、お茶のお誘（さそ）いに来ましたの」

「お茶のお誘（さそ）いに？　公（こう）爵（しゃく）夫（ふ）人（じん）、御（おん）自（みずか）ら足を運んで下さり、ありがとうございます。喜んでお供（とも）致しますわ」

「ふふ。その硬（かた）さも、いつか解（ほぐ）してね？」

　……それは、貴（き）族（ぞく）として無理がございますわ……

　そんな事を心で思いながら、公（こう）爵（しゃく）夫（ふ）人（じん）と居（きょ）住（じゅう）塔（とう）城（じょう）への道を、会話を楽しみつつ戻りましたの。

　◇

　寒さに強い、様々な品種の薔（ば）薇（ら）。その薔（ば）薇（ら）の咲き誇（ほこ）る『薔（ば）薇（ら）園（えん）』と呼ばれる、区切られたお庭の中。外でお茶を楽しむ場所という、『東（あずま）屋（や）』という可（かわ）愛（い）らしい建物。

　そこで公（こう）爵（しゃく）閣（かっ）下（か）、公（こう）爵（しゃく）夫（ふ）人（じん）、キャレさま、私の四人が並んでお茶を頂いていますわ。

「先（さき）程（ほど）は、キャレが不（ぶ）躾（しつけ）な事をしたそうだね。よく注意をしておいたから、今回だけ、大目に見てやってくれ」

「本当に、マナーがなっていなくて……。お恥（は）ずかしいわ」

「アルヴァー、マリエッタ。それはもう反（はん）省（せい）したと言ったろう？」

　キャレさまは気品のある美しいお顔を曇（くも）らせ、すっかり困っていらっしゃるわ。

「大丈夫ですわ。気にしておりませんわ」

「ああ、そう言ってくれると助かるよ」

「ええ」

　気にしていないのは本当でしてよ？　それより、見た事もない、この東（あずま）屋（や）が気になりますわ。

「彼はキャレ。素（す）性（じょう）は明かせないが、私ともマリエッタとも近しい者だ」

「夫と公（こう）爵（しゃく）家（け）の狩（か）り場で狩（か）りをしたり、気（き）晴（ば）らしに月に二度か三度来ますの。見知り置いてあげて下さいな」

「先（さき）程（ほど）は、不（ぶ）躾（しつけ）な振（ふ）る舞（ま）いをしてすまなかった……。私はキャレ。お見知り置きを」

「キャレ、こちらはドゥールムン男（だん）爵（しゃく）の妹君、カナリア・ダイアモンド・トゥ・ロワイ嬢（じょう）。

　お兄様にお力（ちから）添（ぞ）えなさって、領（りょう）地（ち）経（けい）営（えい）の立て直しをなさった手（しゅ）腕（わん）が広く知られていらっしゃるわね。他に、三言語が堪（たん）能（のう）でいらして、弦（レ）楽（ベッ）器（ク）の名（めい）手（しゅ）でもいらっしゃる私のお友達よ」

　私の事は、そんな風に言われておりますの？　その噂（うわさ）も、どこまで回っているのかしら……

　こんな風（ふう）にご紹（しょう）介（かい）頂くと、とても恥（は）ずかしいわ……

「ドゥールムン男（だん）爵（しゃく）エイナル・トロッチェ・トゥ・ロワイの妹、カナリア・ダイアモンド・トゥ・ロワイでございます。どうぞお見知り置き下さいませ」

　既（すで）に席に付いている為（ため）、姿（し）勢（せい）を正し、姿（し）勢（せい）を変えないまま品良く微（ほほ）笑（え）んでご挨（あい）拶（さつ）させていただきましたわ。

「完（かん）璧（ぺき）だね」

「昨日から見ておりますが、マナーも教（きょう）養（よう）もきちんと身に付けていていらして。今のところ、欠点がありませんわ」

「普通は紹（しょう）介（かい）は立った状態で、女性は跪（カー）礼（テシー）。男性はボウ・アンド・スクレープで礼をするが……

　普通有（あ）り得（え）ないこの状況での紹（しょう）介（かい）に、とっさに微（ほほ）笑（え）むだけの礼が返せるとは……。確かに、完（かん）璧（ぺき）ですね」

「我（わ）が国ではどんな場合でも、目線を合わせる事が優（ゆう）先（せん）されるからね」

「そうなると、頭は下げれませんものね」

「いえ、そんな……」

　正式な礼（れい）なら、公（こう）爵（しゃく）閣（かっ）下（か）ご夫（ふ）妻（さい）は勿（もち）論（ろん）。執（しつ）事（じ）の方のボウ・アンド・スクレープも、メイド達の跪（カー）礼（テシー）も、こちらの使用人の方たちの方が綺（き）麗（れい）な所（しょ）作（さ）でしたわ。流（さす）石（が）、公（こう）爵（しゃく）家（け）に仕（つか）える者は違（ちが）ってね。私は、まだまだ未（み）熟（じゅく）だわ。