伯爵令嬢は男爵令嬢となり、やがて王妃となる

第5話 仕事の依頼

「成（なる）程（ほど）。ではやはり、この地点に橋は必要なようだね」

「はい。今、この村とその奥の村が、躍（やく）進（しん）の兆（きざ）しを見せておりますの。

　今は、町へ出るには随（ずい）分（ぶん）遠回りしなくてはなりません。それでは、新鮮な野菜も果物も豊富に収穫ができましても、新鮮なまま輸送するのは難しいのですわ。折（せっ）角（かく）の鮮（せん）度（ど）が駄（だ）目（め）になりますの。

　それが、ここに橋が架（か）かりましたら、二つの村の他、こちらの村の特産品の流通も大（おお）幅（はば）に増えるかと存（ぞん）じますわ。こちらは、私（わたくし）が育つ産業になると目を掛（か）けておりますの」

「ふむ。流（さす）石（が）、年に一度、領（りょう）地（ち）を巡（めぐ）っているだけあるね」

「うふふ。皆（みな）が元気になる様子を見るのは、こちらも明るい気持になれるのですもの。とても楽しいのですわ」

「それも、カナリアが二年前に育つのが早い美（お）味（い）しい牛と、赤（スト）針（ロベ）ル（リー）チ（クォ）ル（ーツ）等を見つけ出し、推（すい）薦（せん）してくれたお蔭（かげ）だね。

　そのお蔭（かげ）で、思ったより早く領（りょう）地（ち）を立て直せた」

「お役に立てて、宜（よろ）しかったですわ」

　今、我（わ）が領（りょう）の特産品として人気があるのは二つ。

　一つは育つのが早く、通常は赤身肉が殆（ほとん）どの牛と異（こと）なり、甘い脂（あぶら）の混じった肉の取れるルカット牛（うし）。

　子牛を競（せ）りに出すと、とても良い値（ね）で売れていますの。最低でも、普通の子牛の二倍の値（ね）が付きますのよ。

　最大の特産品は、赤（スト）針（ロベ）ル（リー）チ（クォ）ル（ーツ）ですわ。

　こちらは品質と大きさによっては、同じ大きさのダイヤモンドより高（たか）値（ね）が付きますのよ。

　産出量もそれなりにあり、赤（スト）針（ロベ）ル（リー）チ（クォ）ル（ーツ）の販売が齎（もたら）す利（り）益（えき）は、我（わ）が領（りょう）の大きな助けとなっておりますの。

　来年には新たな農（のう）機（き）具（ぐ）の購（こう）入（にゅう）を検（けん）討（とう）なさっていらっしゃると、そうお兄様と家（か）令（れい）のサボォーから伺（うかが）っておりますわ。

　他にも領（りょう）地（ち）の事を話しておりましたら、執（しつ）事（じ）のライズが、手紙を持って参（まい）りましたの。

「ルベラロイ公（こう）爵（しゃく）夫（ふ）人（じん）から？」

　ルベラロイ公（こう）爵（しゃく）夫（ふ）人（じん）？　六歳（さい）の時、最初の代（だい）理（り）結（けっ）婚（こん）。その後、そのまま国で養（よう）育（いく）中（ちゅう）の十二歳（さい）の時、ご夫（ふ）君（くん）である隣（りん）国（ごく）の王太子殿（でん）下（か）が落馬によりご崩（ほう）御（ぎょ）。その為、未（み）亡（ぼう）人（じん）とならたのでしたわね。

　ご夫（ふ）君（くん）と死（し）別（べつ）後（ご）、別の国の王太子殿（でん）下（か）と二度目の代（だい）理（り）結（けっ）婚（こん）をなさるも、お二人目のご夫（ふ）君（くん）は代（だい）理（り）結（けっ）婚（こん）から時を置かずご病（びょう）没（ぼつ）。

　そんなご不幸に見（み）舞（ま）われながらも、先（さき）頃（ごろ）、自国の公（こう）爵（しゃく）家（け）へ、臣（しん）籍（せき）降（こう）嫁（か）なさったのでしたかしら。

　一度目と二度目のご結（けっ）婚（こん）は、当時王女殿（でん）下（か）がまだ幼くあられた事。まだご教育が必要だった事。国王陛（へい）下（か）ご夫妻さまが、軽々しく他国へ参（まい）られません事等など。諸（もろ）々（もろ）のご事情により、ご結（けっ）婚（こん）の前に代（だい）理（り）結（けっ）婚（こん）をなさったのでしたわね。

　代（だい）理（り）結（けっ）婚（こん）とは、事情があって新（しん）郎（ろう）新（しん）婦（ぷ）が揃（そろ）って挙（きょ）式（しき）出来ない場合。お歳（とし）がまだ若く幼い場合など、正式なご結（けっ）婚（こん）の前に執（と）り行うご結（けっ）婚（こん）の事でしたかしら。

　公（こう）爵（しゃく）家（け）とのご婚（こん）姻（いん）は、王女殿（でん）下（か）が妙（みょう）齢（れい）の女性になられておりましたから、通常のご結（けっ）婚（こん）をなさったと記憶しておりますわ。

「ふむ。我（わ）が家とご縁（えん）のないお方だが……」

　そう仰（おっしゃ）り、訝（いぶか）しがりつつもお兄様は封（ふう）蝋（ろう）を剥（は）がし、認（したた）められた文章に目を通され始めましたわ。

「……。カナリア、読んでみなさい。ライズも、このままここにいてくれ」

　美しい顔（かんばせ）に困惑の表情を浮かべ、お兄様は読み終えたお手紙を私（わたくし）に差し出されましたの。そのお顔色から拝（はい）察（さつ）するに、宜（よろ）しくはない内容なのでしょうか……

「…………私（わたくし）を、公（こう）爵（しゃく）夫（ふ）人（じん）の『お友達』役に？」

　認（したた）められていた内容は、お仕事のご依（い）頼（らい）でしたわ。

「先月行った舞（ぶ）踏（とう）会（かい）でカナリアを見掛けられ、漏（も）れ聞こえた会話に心（こころ）惹（ひ）かれたとか……」

　ええ、確（たし）かに先月、舞（ぶ）踏（とう）会（かい）へ出ましたわね。その席で子供の頃（ころ）の友人に会い、少しばかり話に花が咲きましたわ。

　その時話していた内容に、そんなにお気に召（め）されるような事ってありましたかしら……？

　そしてお友達役にとの事ですが……。今は本が手に入り易くなった為（ため）、廃（すた）れたお仕事だったはずですわ。

　お友達役がおりませんでも、本を読んで時間を潰（つぶ）せるようになったからですわね。

「カナリアも、結（けっ）婚（こん）適（てき）齢（れい）期（き）の娘だ。結（けっ）婚（こん）の世（せ）話（わ）もするとまで仰（おっしゃ）っておられる。これは、婚（こん）期（き）を逃すといった回（かい）避（ひ）は出来ないな……」

　お兄様は、益（ます）々（ます）困惑なさってしまわれたわ。それはそうよね。男（だん）爵（しゃく）令（れい）嬢（じょう）に仕事のご依（い）頼（らい）と、仕事をする事で結（けっ）婚（こん）出来なくなる事もないと仰（おっしゃ）られるのですもの。

「旦（だん）那（な）さま、カナリアさま。私（わたくし）はそのお話、大変有（あり）難（がた）いお話かと存（ぞん）じます」

　僅（わず）かな時間に、考えをまとめたらしいライズが口を開く。

「お友達役は建（たて）前（まえ）。どなたか、お引き会わせなさりたい方がいらっしゃるかと推（すい）察（さつ）いたします。恐（おそ）らく、やんごとなきご身分のお方。

　そのお方とのご縁が流れても、きちんとした嫁（とつ）ぎ先を考えて下さるとございます。

　ならばカナリアさまは、労（ろう）せず良い嫁（とつ）ぎ先を得（え）られるかと」

　……男（だん）爵（しゃく）令（れい）嬢（じょう）では、やはりなかなか良いご縁はないのも事実ですわ。高（たか）望（のぞ）みは致（いた）しておりませんが、それでもなかなか……

　ご縁がなければ、いずれ修（しゅう）道（どう）院（いん）に入る事になっても仕（し）方（かた）ない事と考えておりましたが……

「お兄様、そのお話、お受け致（いた）しますわ」

「そうか、分かった。では今夜の食事の席（せき）で、お祖父様やお祖母様、父上に母上にはお伝えしよう」

　こうして私（わたくし）は、ルベラロイ公（こう）爵（しゃく）夫（ふ）人（じん）マリエッタさまにお仕えする事になりましたの。