第42話 夜の電話
携帯が鳴った。
夜10時を過ぎていた。
こんな時間に誰が?
ベッドに座って1人で泣いていた俺は、呼び出し音にビクッとして顔をあげた。
床に置きっぱなしになっていた鞄から、それを取り出す。
画面を見る。相手を確認した。
電話に、出た。
「はい」
『今日、来てくれたの』
いきなりの問いかけ。
小さな声で、少し聞き取りにくいけど…聴きたかった声だった。
「…はい」
『ごめんね』
「いえ」
この人は、何に対して謝っているのだろう。
『なんか、お水を飲もうとして、ちょっとむせちゃって。そうしたら先生とか来て、思ったより騒ぎになって』
ああ、そのことか。
『大したことなかったんだけど、その後の面会がダメになっちゃって』
会えなかったことか。
『ごめんね』
かすれるような声に聴き入る。
嬉しくて、安心で、また泣きそうになる。
『あとさ、実は今、電話しても良い時間を過ぎてて。一応許可はもらったんだけど、あまり大きな声は出せなくて、こんな声でごめんね』
ああ、それで声が小さいんだ。
声が小さくても、もっと聴いていたい。
『久しぶりだね』
誰のせいかと。
『広彦くん?』
「……」
俺がほとんど話さないのに気付いたようだ。
『聞こえてる?』
小さな声。
こちらにとってはやっと繋がった電話で感情が大忙しだというのに、彼の様子はいつも通りで、ただ少し声が小さいだけ。
変わらない。変わらないところは好きなところだけど。
感情の何かを振り絞る。
「…電話の時間外なら、メールとかで良かったのに」
何とか返事をする。
『いや、だって、声が聴きたくなってさ』
ああ。
彼のその言葉で何かが崩壊した。
やめてよ、そういうこと言うの。あなたはそう言うことを平気で言うよね。言いそうだけどさ、誰にでも言うんだろうけどさ、友だちの弟にまで言っちゃうんだけどさ、そういうのも、なんか…駄目だ、今は。
気持ちが苦しい。
分かってる。
「……」
分かってるのに。
『何か話して』
何か。
体調のこととか、いつ会えるんだとか、そもそも元気なのか大丈夫なのかとか、会いたいとか、もう色んな感情が、言葉が、頭の中で爆発しそうだった。
『広彦くん?』
いつも平常心だね。
『また、日を改めようか』
ずるいよ。
『…広彦くん?』
好きという気持ちと、会いたいという気持ちが脳内でぐるぐるしている。
何か、何か言えよ、俺!
時間ないんだってば。
「原田さん…」
絞りだす。
『うん』
「…会いたかった」
やっと、なんとか言えた。
でもそれで、俺が泣いているのが原田さんにばれた。
『うん』
「入院したの、言って欲しかった」
『うん』
「連絡つかなくて不安だった」
『…ごめんね』
何で謝るんだよ。別に入院したって連絡するような間柄じゃ無いのに。
俺は今、理不尽な事を言ってる。
甘えて、気持ちをぶつけてるだけ。
そういうことを多分原田さんも分かっている。お互いに分かっているけどお互い、言葉にしなかった。
「…ごめんじゃないよ、もう」
馬鹿野郎。
『退院したらまた飲みに行こう。ね?』
原田さんはそんな事を言う。
平気で言う。
「行かないよ」
『行こうよ、断らないでよ。俺の楽しみが減るじゃん』
「知らないよ」
俺は鼻をすすった。
『泣かないで』
「泣いてないよ」
『うん』
「…顔が見たかったんだよ」
『うん』
「めちゃくちゃ会いたかったんだよ」
『うん』
自分だけ何も知らされてなかった。その事も辛かった。時期的に少なくとも、入院してから会話した電話があったはず。
体調を俺に知らせる義務なんてないけど、だからこそ。
「なんか、俺ばっかり」
『広彦くんばっかり?』
「…俺ばっかり、こんな気持ちになって」
『そんなことない、俺だって会いたいよ』
「またそういう事言うでしょ」
誰にでも言うでしょ。
『本当。今も会いたい』
それも誰にでも言うでしょ。本当に軽い。ムカついてきた。
「俺が原田さんに気があるの、分かって言ってるでしょ」
つい言ってしまった。酒のせいだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます