第43話 決断

 ~俺が原田さんに気があるの、分かって言ってるでしょ~


 って。


 言ってしまった。しかも電話。

 顔も見ないで、こんな重大な発言を。


 最悪だ。

 マナー違反もいいところだ。


 俺が原田さんに気があるの、分かって言ってるでしょ

…って、言ったら、原田さんが押し黙った。


 変な沈黙。当然の沈黙。




 俺って馬鹿すぎる。タイミングも最悪。相手は入院してるんだぞ。男に興味ない人だし。ちょっと博愛主義っぽいところはあるから俺にイヤな事言わないけど、すごいいつも優しい言葉をかけてくれるけど、いきなり男の俺にこんなことを言われて死ぬほど驚いているはずだ。いや、死なないで。とかそんなこと考えている隙は無くて、本当に、俺って、もう、馬鹿すぎる。兄貴が好き、を黙っていた十数年の我慢強さはどこへいった。いつの間に口が軽くなってしまったんだ。

 ああ原田さん、今、絶対に「広彦くんを傷付けないような返事」を考えているに違いない。

 でも、何でもいい。「広彦くんを傷付けないような返事」とかでも良い、何か…話して。もうこのタイミングで俺からは言葉が見つからないよ。

 吐きそう。

 吐きそうな沈黙。

 沈黙。からの、


『酔ってる?』


 ああ、なるほど、うん、そう来るのね、うん。

 

「…はい」


『電話、切るね』


 OK。了解。承知。声にも出せず、頷いた。


『酔ってるんだったら、電話、また今度にしよう』


 うん。

 うん。


 無言で、頷き続けた。


『飲み過ぎないようにね』


 うわっ、来た。

 油断してたら来た、優しさ攻撃。


『じゃあ』

 電話が、切れた。




 ぐあああああ。

 ベッドでのたうち回る。

 独りぼっちの部屋。

 馬鹿、馬鹿。馬鹿!

 心の中で自分を罵り倒す。

 脳内が、乱れに乱れて眠ることも正常に起きていることもできない。ここまで心が乱されることと言ったら、兄貴の結婚を知った時くらいじゃないだろうか。いや、でもあの時は、ただ受け身だった。でも今回は、自分がやらかした。

 やらかした。

 ここまで派手にやらかしたことはあっただろうか。

 好きな人に、ここまで雑に自分の想いを言ってしまうなんて本当に相手にも自分にも失礼すぎるし、タイミングが、とにかくタイミングが最悪だし。入院してるのに。馬鹿、馬鹿、馬鹿。あれ?俺、ぐるぐる同じこと考えてる?なんか、わーってなって、色んな事考えて、でもとにかく自分が悪いし、きついし、記憶消してしまいたい。記憶ってどうやったら消せるんだろう。

 でも俺だけさっきのことを忘れたら原田さんに悪いよな。いや、いい、もうなんでもいい。悪くても良いよ、さっきの馬鹿な発言のことを忘れてしまいたい。


 酒、酒、酒、と思って冷蔵庫に近付いたけれど、酒のうえでのミスを酒で消そうとしていることに気付いた。

 心底情けなくなって、床に突っ伏して泣いた。


 ここで暴れたって酒におぼれたって、状況は変わらない。楽しいことを考えていても、さっきのことを反芻して落ち込んでいても、世界には何の変化も無い。だったら。

 だったら、冷静になろう。次の手を考えるんだ。冷静に。

 次に会った時、なんて言おう。


 ~冗談だって。本気にした?~

 ああそれ、さっき思いつかなかったやつだ。さっき言うべきだったやつ。


 ~電話くれてた?酔ってて覚えてないんだ~

 嘘くさ。でもまあ、押し通せるならありかな。お互いに嘘だと分かるんだけど、そういうことにしておくというもの。原田さんなら、余計なことに巻き込まれるより分かりやすい嘘に乗っかってくることを選ぶだろう。または、


 ~電話、酔っててごめんなさい。俺、原田さんが好きなんだ~



 本当のことを言う。



 兄貴が好きだった俺は、世間を、世界を、欺いて生きてきた。

 長い間、俺の本心を知るものはいなかった。

 俺の本当の姿を知って、人として受け止めてくれた原田さんに、今さら新たな嘘をつくことに抵抗がある。

 それは、新たな嘘の人生の、始まりだ。


 原田さんがどう思ってもいいじゃないか。原田さんは馬鹿にしたりしないし、真面目に返事をくれるだけだろう。

 原田さんに振られても良いじゃないか。

 俺を振るとか、そういうのは原田さんの判断だから変えようが無いし。

 それよりも、俺が、俺の気持ちをもっと真正面から受け止めるべきなんじゃないか。

 誤魔化すのは一時的には楽だ。だから、そっちに逃げてしまう。でも、じわじわと自分を蝕んでいく。表面的に都合よく振舞っている自分と、本当の自分。常にうっすらと、そして芯の部分で嘘をついている自分と、四六時中一緒にいてその嘘を聞かされる自分。


 ずっと本心を隠してきた。

 とても孤独だった。誰かといる時もずっと。


 本当の事をちゃんと伝えたら、そうしたらもう原田さんには会えなくなるんじゃないか。そのことが辛い。さっき彼は俺に会いたいと言ってくれたけど、そこから状況が変わってしまうのだから。

 出会った頃に、俺のことを弟として欲しいと言っていた。決して恋人ではない。



 決して。

 

 




 


 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る