第36話 通じない
部屋に戻ると、俺は握りしめていた缶ビールを机に置いた。
そして…原田さんに電話をかけることにした。
はっきりさせよう。
栗栖さんが滲ませてきた本気。
自分の、兄貴への気持ち。
少しずつ、ぼんやりしていたものの輪郭が見えてきた。
それに対して。
今自分が逃げてること。
ぼんやりさせていること。
今の時点での感情で良いから一定の決着をつけたいと思ったのだ。
ぼんやりさせている鍵になっているところ。
ここを整理しないと次に進めないところ。
原田さん…。
『貴彦』への興味からだったとしても、俺の問題を解いてくれた、客観的に見立てようとしてくれた、そんな原田さんに対する感謝と感謝だけでは無い何か。
ただシンプルに、目の前にいる人との時間を大切にすれば良いと教えてくれたことも。
俺自身は、強めのブラコンだけど、特に男性が好きというわけではなかった。だから、正直今考えていることや気持ちを言葉にしてしまうことが怖い。はっきりさせることは、自分に何かレッテルを貼るようで不安もある。
それでも、そんな想いも含めて、原田さんとは、会って話がしたい。
笑い飛ばされるか、シリアスにかわされるか、無かったことにされるか。
どんな反応をするんだろう。
彼の行動に、発言に、胸が疼くような興味と好奇心がある。
あの笑顔で俺を切って捨てるのだろうか。
そして俺自身はどうなるだろう。
気の迷いを指摘されて、元の生活に戻っていくだけなのかも知れない。
それでも良い。何ならそうして欲しい。決着をつけたい。兄貴とも兄弟関係を適切なものにして、栗栖さんとは夜十時に出会う年の離れた気さくな隣人になって、原田さんとはいつも良いアドバイスをくれる飲み仲間になる。
それが理想かも知れない。
それで良いから。
連絡して、会ったら、きっと、傷付けないように話そうとするだろうね。
俺にも優しい。
女の人が好きなんだよね。兄貴は原田さんのことを、どんな合コンにも必ず居ると言ってた。栗栖さんも原田さんのこと、飲みに行ったら女の子と消えるって言ってた。
そしてそういう動きをする原田さんのことを、俺だって容易に想像できるのだ。
でも、原田さんのことよく分からないけど、そうやって色んな人と出会って、時間を潰してるような気がし始めてた。
俺に優しくしてくれたのも、きっとそうだった。彼の人生の時間潰しだ。
分かっているけど、分かっているから、それをはっきりさせて、終わらせたい。
そしてあなたがどうして時間潰しをしているのか、できれば知りたい。
色々な想いがあった。
こんな短期間にも積み重なるものはあった。
コールした。
俺から原田さんへかけた久しぶりの電話に、『電源が入っていないか、電波の届かない地域にいる』と、アナウンスが流れた。
ビールのプルトップに指をかける。
プシュッと音がする。
一口飲んで、飲み口を見つめて、それから残りを一気に飲んだ。
会いたい。
電話に出て欲しい。
相手にされていないのは分かっている。
そもそも恋愛対象じゃ無いのも分かっている。
そういうのを抜きにしても話がしたい。客観的な感想が聞きたい。それとも客観的な感想は無理なのか。彼は俺の問題の当事者になりつつあるのか。
もしかしてこれは、新しい依存か。
兄貴との問題は解決に向かっている。自分でもそう思う。けれどもそれは原田さんに話して頭の整理をするという別の依存に変容していっているだけなのか。
原田さんだったら、この状況をどう考えるのか。
どう…考えるのか。
「ねえ、こんばんは」
『どうした?酔ってるのか?』
酔った俺が次に電話した相手は兄貴だった。
「うん。少し。でも大したことないよ」
『どうしたんだ?この前の返事か?…ゆっくりでいいんだぞ』
宥めるような声。俺が早々に断りの電話を入れてきたと思ったのだろう。
「うん。あれは…もう少し考えたい。まだ良いかな」
『もちろん』
「ありがとう。嬉しかった。誘ってくれて」
『そうか』
多分いつもより素直な俺。
兄貴は…変わらないな。
『それだけか?』
「うん」
『そうか。連絡ありがとう』
「うん。それで、あのさ」
『どうした?』
思い切って言ってみる。
「原田さんに連絡取りたいんだけど、明日職場で会ったら、そう言っておいてくれないかな」
俺が兄貴にそんな頼み事をするとは。
少し酔っていたのもある。でも、たった一回、電話に出ないくらいで、俺は何をやってるんだろう。
原田さんは『忙しいからまた連絡する』と言っていたんだから、待っておけよって思う。
『…ヒロ』
ほらみろ、兄貴が戸惑っている。
仲良くしてんの、やっぱちょっと嫌なのかな。
とか思ったけど、兄貴は俺の全然思ってなかった質問を投げかけてきた。
『お前、原田から、聞いてない?』
「何を?」
その後の兄貴の沈黙は結構長かった。いや、長く感じただけか。
「原田さん、どうしたの」
『今、入院してる』
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