第39話 捉えどころがない
手に入らないと分かっているものばかり欲しくなるのは、心の癖のようなものだろうか。やっと抜け出せた兄貴への執着、次に表出した原田さんへのこの気持ち。
会うことすらできないでいる原田さん。
弱っている人に優しい原田さん。
俺のことも、初対面の時に俺が弱っていたから声をかけた。声をかけて、ちゃんと一人の人間として接してくれて、新しい視点をくれて、兄貴から脱却させてくれて。
どうして好きになってしまったんだろう。
女性が好きな原田さん。飲み会でいつも女の人といなくなるという原田さん。『お子さんがいる』疑惑の原田さん。それでも独身の原田さん。俺にまで優しい原田さん。
原田さんにアプローチしても、かわされ続けるだけ。充分分かっている。
でも、兄貴と違って、想いを伝えることは可能だ。兄弟じゃないんだから。
俺、判断力おかしくなってる?
いや、大丈夫。会社も違うし気まずくなることもない。会わなければ良いだけ。
と言うか、何なら原田さんだったら、断った 相手になおのこと優しくするような気がする。
それは困るんだけどな。次に進むために振られたいから。
ああ。
色々考えるけど、シンプルに会いたい。
それだけかも知れない。
それにしても、あの人が羨ましい。
原田さんのこと、自分が困っていた時に全力で助けようとしてくれたと言っていた。原田さんが、あの人のために全力で何かを尽くした。何があったのかは分からないけど、あの人は「原田さんの全力」を見たんだ。付き合ってないと言っていたけど、そんなことはどうでもよくて、過去にあった二人の関係性が羨ましかった。
それだけに、あの人…有子さんが、セーターのことを確認してきたことは少し気になっていた。この色に反応するということは、有子さんは原田さんの好きな色を知っている。おそらくあの部屋に入って、カーテンを見たんじゃないか。
そして、その上で、有子さんは、この色の洋服を着ている俺が、原田さんと相当の間柄と考えている様子だった。
こっちこそ、有子さんは原田さんと付き合っていたと思っていたのに、でも、そこはお互いに否定した。
原田さんは優しくしてくれたのに、結局本人の居ない場所で、二人の人間から『自分は原田さんにとってそこまで重要じゃない』と言われたことになる。
それは、なぜかを考えてみた。
誰にでも優しいから?
他に一番がいるような気にさせるから?
捉え所がなくて、手に入ったと思わせないから?
……。
原田さんが本当に好きなものが誰にも分からないってことかも知れない。笑顔の能面を身につけているから。
誰にも理解されない。
されようと思ってない。
彼はとても理解してくれようとするのに。
それはそれで切ない。
もやもやを抱えたままアパートに戻った。
部屋に入ろうと鍵を取り出したとき、隣の部屋から栗栖さんが出てきた。
「おかえり」
そんなふうに声をかけられてドキッとする。
待ってた?…っぽいよな。
「どうしたんですか?」
俺は敢えて『ただいま』と言わなかった。栗栖さんが微笑んだ。
「待ってた」
やっぱり。
「何かありました?」
緊張を、悟られないように普通に会話するよう努める。
「うん、まとまった仕事が決まって、しばらく家をあけるから言っておこうと思って」
栗栖さんが視線を落とした。
ああ、そっちか。良かった。また迫られるかと思った。
原田さんが好きだと自覚してるから、人として大好きな気がしてる栗栖さんに今は口説かれたくない。
「ホッとしてるでしょ」
読まれてる。やめてよ。
「なんでも顔に出るよね。俺と距離取りたい気分ってわけ?」
「いや、そういうわけでは」
苦笑いした俺に栗栖さんが言った。
「寂しいけどお別れだね」
なんだか、一生会わないみたいな言い方だった。そのことは寂しいけど、ここで寂しそうにしてはいけない気がして、ただ小さく頷いた。栗栖さんの表情がニヒルに歪んだ。
「広彦くん、病気とか気をつけてね。一人の時に倒れたりしないで」
「はい」
「変なの部屋に入れるなよ」
「栗栖さん以外入ってきませんって」
「じゃあ変なのにほいほい付いていかないように」
「はいはい。子どもじゃないんだから。それより、どれくらい戻らないんですか?」
「多分、三か月くらいかな」
長いな。本当にお別れのようだ、なんて考えていると、
「パワーアップして戻るからさ、戻ってきたら外で会おうよ」
と栗栖さんが言った。
「外?」
「うん。ちゃんとデートしよう」
「何言ってんですか」
「お願い」
お願い、と言って両手を合わせて拝む栗栖さんは、男らしくて可愛らしくて、めっちゃタイプの顔だった。
見た目と雰囲気が好みなんだよな…。
ずるいよ。
俺は深呼吸をしてから答えた。
「駄目。デートしない」
「なんで」
「栗栖さんとはずっと飲み友達が良いから」
「俺は嫌だ」
「じゃあ、知らない人同士に戻ります」
「そんなのヤだ。ねえ、付き合おうって。絶対楽しいから」
そうかも知れないな、なんて不謹慎なことを思ったりする。
「付き合わないですって」
「じゃあせめて今日は飲もうよ。会えなくなる前にさ」
……。
「ビール一本だけね」
「やった」
「部屋には入りませんよ。外で」
自分でも変だと思うんだ 石井 至 @rk5
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。自分でも変だと思うんだの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます