第27話 知り合いの弟

 心配そうに俺を見つめながら質問しまくる栗栖さん。ちょっと勢いあり過ぎて、俺、ついていけて無い。

「栗栖さん、そんなこと聞いて、どうするんですか」

 今さらそんなこと聞いてどうするんだろう。


 見上げたら、栗栖さんは何か言いかけてやめた。何しに来たんだろう。

「ええっと、前に言った通り、俺は栗栖さんのことが気になって自分でも戸惑っていたけど、あんな事あったし、あの日で栗栖さんと会うの最後かな?って思ってて」


 あんたの態度が変すぎて、職場の人にも原田さんにも相談しちゃったよ!

 その結果、人に相談するのは大事だなと思ったり、兄貴が好きだと再認識したり。

 そこから一ヶ月合わないから、栗栖さんには避けられていると思っていた。

「俺も仕事忙しかったから、あのあと何も考えてなかったんですけど」

 考えられなかったよ。本当に。

「でも」

 言おう。


「もう、忘れてください」

「広彦くん、俺と付き合って」


 言葉が被った。


「え?」


 何?


「付き合って」


 はい?


「…急に、何?」


 な、何て言った?

「え?あ、え、何?」

 パニックになる俺。

 冷静そうにしている栗栖さん。

「時々、部屋の前で話をしていて、俺も気になっていた」

 嘘でしょ。

「でも、あの日広彦くんが苅田の弟だと分かって、これは駄目だと」

 え?何?どういうこと?

「知り合いの弟はまずいと思って」

 え?

「そっち!?」

 思わず俺が言った一言に、栗栖さんが目を丸くした。

「え?何?そっちって…どっち?」

「いや、俺、栗栖さんが…性別のことで引っかかってると」

「ああ、いや、それは大丈夫。俺、そこは大丈夫」

「まじか」

 俺はその場でしゃがみ込んだ。俺、あの日のキスはストーレートな栗栖さんを自分が誘ってしまったと思ってちょっと悩んでたのに。

 あ。

 やっぱ飲み屋で、ちょっと口説かれてたんじゃんか。


 しゃがみ込んだまま、栗栖さんに尋ねる。

「なんで『苅田の弟』だとまずいの」

「俺、仕事関係の絡みは絶対駄目って決めてるし、ってか職場とかでカミングアウトしてなくて」


 原田さんに『男の子は口説かない』って言ってたのは、そういう色々が混ざってのことだったんだな。

 でも原田さんは何かを嗅ぎ取っていた。栗栖さんのことを要注意人物って。


「苅田の弟だと知ったばかりで、駄目って思ったところなのにキスしてしまって、正直どうしようか悩んだ。後で会った時に広彦くん、男の人と付き合ったことないって言うし、これは絶対ダメだって思った。だって、仕事の繋がりがあって、しかもおそらくストレートの君に、アプローチはできないだろ。うん、絶対出来ない。でもチャンスだし。それで、あんな変な事を言ってしまって」


 それであんな言い方をしたのか。

 なんか、分かるよ。

 傷ついてたけど、そこは許す。


「すごく悩んだ。けど、広彦くんが引っ越してきて、時々ドアの外で出くわすようになって好きになって、なんとか近づきたかった気持ちは本当だから、やっぱりそれは伝えようと。俺にしては、これはすごい冒険だけど、それでもやっぱり、ちゃんと話をしないといけない気がして」


 ん?

 今、なんか途中でサラッとすごいこと言ったぞ。

「好き…なんですか」

 顔を上げる。

「そうだよ」

「会うたびに酔っ払ってるってのに」

「…そうだね」


 しゃがみ込んだままの俺。

 遠くの方に、いつも行くコンビニの明かりが見えている。今日は別ルートをずっと歩いていたから、見慣れない角度だなと、ぼんやり思いながら。


「それで、俺を呼び出したんですね」

「うん。できれば、付き合いたい」


 ああ。


 断らなくては。

 俺は今、兄貴を好きなまま原田さんに惹かれている。多分。

 ただ。

 あの二人はどちらも、俺を求めていない。

 何なら原田さん本人は俺に、寂しいのが嫌だったらどんどん新たな出会いに飛びつくようにとアドバイスさえしたのだ。


 キツイな。

 このまま栗栖さんを受け入れたら精神的に二股どころか三つ股だ。

 いや、今までだってそうだったんだ。

 今までは、脳内でモヤってただけで、現実が一つも伴っていなかったってだけ。

 それが今、目の前で現実が動き出した。


 頭の整理をし直さなければ。

 

「飲みますか」

 立ち上がった。


 コンビニの明かりに向かって歩き出す。栗栖さんが少し後ろを歩いているのが分かる。

 自分のこと、自分で決めなきゃならないのは当たり前のことだ。でも色々がいきなり過ぎる。

「少し時間が欲しいです」

 俺は言った。

「即答しないといけないのだとしたら、申し訳ないけど、断ります」

 栗栖さんが距離を詰める。

 俺の隣を並んで歩く。

「一ヶ月で何かあった?」

「…そうじゃないけど、まあ」

 コンビニに近づき、駐車場に人がいたのに気付いて俺は会話を切った。


 二人でコンビニに入る。栗栖さんが、俺の好きな銘柄の六本組みをレジまで運んだ。こないだ一本あげたやつ。覚えてたんだなって思う。

「俺、払います」

「こないだのお礼」

「でも…じゃあ…」

 ごちそうさまです、と頭を下げた。


 いつもの道で帰る。周りに人がいなくなるまで、また無言だった。

「うち来て飲む?」

 栗栖さんが言った。どうしようかなと考えていたら栗栖さんが続けて言った。

「何もしません」

 何言ってんだ。

「そういうこと言うと余計怪しいよ」

「そうかい?」

 笑っている。なんかその様子が面白くて、つい『どっちの部屋でも』と答えてしまった。栗栖さんが『え?』と驚いた。

「広彦くんってバカだね。よく今まで無事でいたね」

 おいおい、俺の優しさをバカにするなよ。…て、バカだよな、多分。

「俺、基本的に人を信用しているから」

「…そんな感じするね」

「部屋、雑誌だらけで酷い状況ですけど、来ますか?」





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