第25話 街

 タクシーを止める原田さん。

 兄貴ほど大きくはないけど、俺より少し背が高くて、どちらかといえば痩せた、骨ばった肩。


「乗って。一人で帰れる?」


 原田さんが俺をタクシーに乗せた。しがみついても良かったが、俺はそうしなかった。

「ありがとう」

「気をつけて」


 タクシーの窓から原田さんを見た。ぎりぎりまで見送ってくれる。この人は確かにモテるだろうと思った。誰にでも優しくする姿が目に浮かんだ。


「……」


 笑顔。

 小さくなる。

 やがて見えなくなった。


 繁華街を、タクシーが進んでいく。窓の外に知った顔は無い。



 本気で好きになった人が、たまたま兄貴だった。

 兄貴には気付かれずにここまできた。

 もし、貴彦が俺の兄貴じゃなかったらどうなっていたんだろう。兄貴どころか、知り合いでもなかったら?今この繁華街の中ですれ違うだけの、ただのオッサンだったら?

 …それでも気付いたのかな。それでも好きになったのかな。

 栗栖さんのことは?

 兄貴に似てるから気になるだけ?

 それともやっぱ、好きなのか。酔って、抱き留められた瞬間にキスしたくなったのは、やっぱり好きってことなのか。


 原田さんは?優しいから?都合がいいから?ただの独占欲?

 いつの間に、好きになっていたんだろう。

 好き?

 本当に?

 好きになるってなんだ。


 好きになって、それで孤独は終わるのか。


 すれ違う大量の人たち。

 好きになっても、好きになられても、独りっきり。

 それが男だろうが女だろうが兄弟だろうが、充たされることは、永遠に無い。


 …それでも誰かを好きになるのは、意味のあることなのか。


 ねえ、教えてよ。





「一般的な地方のCMらしく、ベタな感じでいくか、低予算ながらそれらを覆す意識でいくか…」

「まあ、そりゃあカッコ良く作りたいって気持ちはみんなあると思いますが…」

「社長的には、宣伝したいっていうより、長年続いた恩返し程度の気持ちみたいですよ。CM打って売れようって思ってないだろうって」

 広報課の『CMどうしましょう会議』はそんなふうに、ほとんど思いついたことを口から垂れ流しで進む。以前の俺はこの状況にイラついていたわけだが、最近は次第にみんなと仲良くなって、そうしたらいちいち腹も立たなくなってきた。



 課長や係長とメシを食いに行く機会が増えた。

 基本的に俺って寂しがりなんだな、と思う。誰か側にいて欲しいのだろう。それと仕事に没頭するっていうことがうまくリンクして、寂しくなく、ただ毎日疲れて帰って眠る。夜の十時に帰っていないことも増えたし、もし帰っていたとしても、十時にわざわざ外に出たりもしない。

 原田さんへの感情も、あれ以来整理せずに頭の片隅に押しのけて放置したままにしていた。

 仕事をしていて思うのは、俺、同世代よりちょっと年上の男に支えてもらいたい願望があるかもしれない。これは俺が男性を好むってことではなくて、男って…そういう部分があると思う。男同士で分かりあいたいと思う部分が。女の人もそうなんじゃないかな。だからって異性が嫌いってわけでもないし、蔑視しているわけでもない。



 兄貴の結婚前後、いろんなことが自分の身に起こったなと思う。

 家を出て、広報課に転属して、結婚式出て、かっこいい隣人の栗栖さんと酔ってキスしちゃって、兄貴の同僚の原田さんのことまで意識し始めて。

 実は栗栖さんとのキスよりも、原田さんとの出来事の方が結果的にインパクトが強かった。

 実際に起こった出来事は、ただハンカチを取り戻そうとした原田さんの手が、俺の手を一瞬包んだみたいになっただけだったけど。

 自分は彼のことは全く意識していなかった。それだけに、あれしきのことで揺らいだ自分に対するショックが大きかったんだと思う。


 原田さんの件以来、俺の中の兄貴占有率がすっごく下がった。

 かといって原田さんのことを考えているわけでもない。

 俺は、俺のことをじっくり考えるようになったのだ。俺って何なの?ってところから。

 男性が、好き?


 いやいや、今目の前でCMのことをブツブツ言っている清水係長は、俺より10歳くらい年上で頼れる感じもあるけれど、多分手を触られようもんなら、秒で投げ捨てると思う。


「苅田くんはどう?」

 その清水さんにいきなり話を振られて、ちょっとビックリする。

 そんな俺のキョトン状態に二宮さんが笑った。

「苅田くん、聞いてなかったでしょ」

「いや、そんなことないです!」

「いいのよ、なんか考えてたんでしょ。さ、アイデア言って言って」

 二宮さんは俺を見抜いているのか、いないのか。

 ま、いいか。




 俺がずっと気になっているCM。

 夜中に一回だけ見て、泣いちゃったやつ。


 男の子が二人で遊んでたら、そこへウサギがやってきて、男の子のうちの一人を連れて行ってしまう。最終的にそのウサギは女の子に変身して、男の子とキャッキャ遊んで終わるんだけど、それを見た俺は、兄貴を女に奪われた自分の状況と重ねてしまい、残されたもう一人の男の子のことを思って泣いたのだった。


 酒が入っていたし、そのCMが結構お金かかっててすごく景色がキレイで幻想的で、ホーッと見入ったせいもあるんだけど。



 あれを見てから、時々考えていたんだ。

 原田さんと話して以来、考えていることとも関係しているんだけど。


 人って、誰かを選んだからといって孤独でなくなるってことは無いし、逆に誰かを選んだからと言って、他の人と関わらなくなるわけじゃない。


 兄貴が誰かを選んで結婚しても、俺と兄貴の人間関係は続く。

 そしてそれが続いていく限り、その関係がどうなっていくかは、俺たちが死ぬ日まで分からない。


 原田さんが言ってた。色々頑張ってもうまくいかなくて、寂しくてしょうがないんだったら、俺のとこに来ればいいって。


 本気で言ってないよね。

 だいたい、何年先だよって思う。


 でも。

 多分、本当に相手と繋がっていたいと思ったら、原田さんのスタンスが正解なんじゃないかって気がしてる。今すぐ誰かを自分のものにしたり、振り向かせたり、それだけがハッピーとは言い切れないんじゃないかって。


 人と人は、ゆるく繋がっていくものだと思う。

 強くて固い絆が無くても、人は生きていけるはず。

 そして遠くにいる人のことを愛せるはず。




 原田さんは、それを知っている。

 



 レゴブロックを大量に部屋に持ち込んだ。

 小学生には、乗りものを作ってもらった。好きなアイデアで、好きな大きさで。

 中高生には、橋とか、タワーとか。できれば、隣の人と協力し合ってくださいって言ったら、結構大きなものができてきた。


 大学生には家とかマンションっぽいものをお願いした。

 もうちょっとオトナな社会人の皆様には、道を。そしてみんながら作ったものを、街になるように配置することを。


 その状況を、カメラで撮影する人。

 それを更に撮影する人。


 知らない人。


 会ったことのない人々。


 スタッフ以外は、『よってけ』の募集で集まったか、俺が広告を取っていた店の関係者や家族で、初対面の人たちでレゴを組み立てている。


 ブロックで、みんなで街を作りましょうって言ったら、初対面でも力を合わせられる。


 時間は三時間しかない。でも、その時間の中で、良い街目指して作りましょうって俺は言った。

 絵コンテもない。

 どんな街になるか、俺にも分からない。


 次第に出来上がっていく街を、カメラやビデオに収めていく。

『よってけ』は、みんながこんなつもりで作ってきた雑誌だと思った。長い間、地元の人が作ってきた、地元の人が読む情報誌。

 お互いのこと、知らないけど、みんなゆるく繋がっている。


 これが、俺なりの答えだ。

 ウサギのCMに対する、アンサーだ。


 人は一人きりではない。

 ましてや二人きりでもない。


 ゆるやかに繋がっていくものなのだ。


 


 

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