第19話 寂しさ

 ん~?


 栗栖さんと同じ傾きに首を傾げて。


 それでなんとなく楽しい気持ちになっているが、それは、酔っているからだ。同じ角度で首を傾げるってだけで、楽しくなっちゃっている。

 でも右ひざに栗栖さんの左手が乗ってる。意味が分からないので困っている。

 困ってるけど、酔ってるからかニコニコしてしまう。それと同時に、同意もなく膝に手を置かれるのは気持ちが悪いなと冷静に思っている自分もいた。何だこりゃ、と思っている自分も。

 うーん。

 ぐるんぐるん考えて、自分の膝に乗っている栗栖さんの手を、上からムギュッと掴んでポイッと払った。


「あ、冷たい」

 すかさず栗栖さんが言った。あまりに間髪入れずのタイミングで、俺はビールをちょっと噴いてしまった。

 すいませんと言いながらおしぼりでテーブルを拭く。拭きながら、恐る恐る尋ねてみる。

「膝に興味が?それとも俺に?」

 恐る恐るの割に、ドストレートな言葉をチョイスしてしまった。


 どう…ですか?


 見つめ合う。


 睨み合っているのかも。目は笑ってるようで笑っていない。


 それから、栗栖さんの説明。

「ちょうどいい場所にあったから」

 何それ。 

「…膝、触りたくなるタイプですか」

「そうかも。酔うとね」


 そのタイミングで店員さんが来た。差し出されたジョッキを受け取り、一気に半分くらいまで飲んだ。

 飲んでから、さきほど投げ捨てた栗栖さんの手を掴みなおして、…自分の膝に乗せた。


「さあ、どうぞ」


 栗栖さんが声を出して笑った。

「どうぞって…言われたことないよ。ははは」

「俺も生まれて初めて言いました」

 栗栖さんが遠慮なく俺の太ももをゴシゴシ擦り始めた。セクシャルな感じは全くない。

「栗栖さん、彼女は?」

「いないね」

「さっさと彼女つくって膝触らしてもらって」

「えー、めんどくさい」


 …その言葉、兄貴から聞きたかったなあ。


『彼女とか嫁さんとか、面倒くさいからずっと一人でいる、年取ったらお前と暮らす。』

 なんて、どうだろう。

 素敵だなぁ…。

 老後、兄貴と一緒に年をとっていく。

 その夢はまだ捨てなくていいだろうか。

 人生は長いから。


 いいだろ?兄貴を好きなままでいたって…。


 そんな間違ったことを考えている俺は現在、その兄貴にちょっぴり似た男性に膝をガシガシ撫でまわされている。


 人生って複雑だね。


 …違うか。


 複雑にして自分を誤魔化そうとしてるのは、自分か。


 そのうち、頼んでいた帆立のバター焼きが届くと、栗栖さんの手は俺の膝から離れていった。

『ホタテ>俺の膝』かよ!

 …そりゃそうだな。帆立の勝ちだな。

 なんてったって美味い。


 ああ、俺が帆立くらい美味かったら兄貴は結婚しなかったんじゃないか。

 ん?

 何だそりゃ。いろんな情報が混ざってるね。

 酔ってるな、俺。


「…ホタテになりたい…」

 ぐるぐる、ぐるぐる。

 栗栖さんは、兄貴に似てない。

「何言ってんの、広彦くん」

 栗栖さんが覗き込んできた。原田さんみたいに。でも原田さんじゃ無い。

「寝言っす」

「だとしたら、会話できないね」

 それって、帆立だと会話できないってこと?それとも寝言だと会話できないってこと?


「いいじゃない。会話なんて」


 俺の態度、色々失礼だね。

 もう今後、二人で飲むことは無いかもな。

 だって俺、今酔いすぎてて、自分でも何言ってるか分かんない。

 やっぱり今日は部屋で一人で飲むべきだったんだなって思う。


 悲しいんだもん。兄貴が結婚したから。


 つまらないことを言いそうで怖いよ。

 でも辛いんだよ。

 兄貴たちには心の底から幸せになって欲しくて、心の底から『いつか離婚しろ』って思ってるんだ。

 俺、今悪魔みたいなんだ、心の中。

 でもさ、すげぇお似合いなんだよ。あの二人は俺がどんなに呪ったって離婚しそうに無い。


 今日の兄貴の愛の誓いは、その他大勢へのお別れの挨拶だ。


 ね。


 兄貴は俺を見捨てるんだ。


「どうして結婚するんでしょうね」

 ポツリと言ってみる。

「しなけりゃ良いじゃん。俺は結婚しないよ、たぶん」

 栗栖さんが言う。

「そんなの分かんないよ。先のことは誰にも分らないんだから」

「そりゃそうだけど。でも、先のことって、自分で決めること、できるんだよ」

「でも」

「大丈夫。流されなきゃいいんだから」

 どういうこと?

「ずっと一人ってこと?」

「さあね」

「寂しくない?」

「広彦くんは寂しいの?」

 うん。


 寂しい。





 栗栖さんと肩を組んで…というより、半ば担がれて、アパートまで歩いて帰った。


 アパートに着いて、栗栖さんは俺に部屋の鍵を出すように言ったんだろうか。

 あまり覚えていない。

 栗栖さんは自分の部屋の鍵を開けて、俺を中に入れた。


 俺のと同じ部屋と思えない小綺麗に片付いた部屋だった。

 何があったか記憶にないが、気が付いたらソファーでキスをしていた。

 気付いた時、違和感を感じた。

 あれ?と思って。

 さっき興味なさそうにしたのは嘘だったのかな。

 栗栖さんのこと、よく知らないけど、嘘つきなのかな。

 なんて思ったけど、でも、俺の人生も嘘ばっかりだなって思った。


 何を考えているんだろう。

 俺は何も考えていない。

 少しでも頭が回っていたらキスなどしなかっただろう。


 


 俺は何も考えていなかったのだ―――。 


 


 

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