第18話 誘い
二次会へ向かう原田さんを見送った後、家族親族に「明日早いんで帰ります」と告げ、そそくさと地下駐車場へ向かった。
あのアパートに住んでいることを、どうして彼は隠しているんだろう。
建物が古いから?
大したことないけどな。
会社が違うらしいし、兄貴たちにまで隠す必要ある?
…職場に嘘をついて交通費を多くもらってるとか。
いやいや、そんなセコイ話じゃないでしょ。
いや~、それかな。
わかんないや。本人に聞こう。
あの人のこと兄貴に似てるって原田さん、言ってた。職場でも噂のようで…やっぱみんな思うんだ。
でも、俺は…それを口に出して言わないでいよう。言葉にすると、確定してしまうから。
やはりそれが礼儀なんじゃないか。彼と知り合って、どういう間柄に落ち着いていくとしても、相手にとっては『誰かの代わり』ではなく、本人として認識するべきなんだ。
ところで原田さんは彼のことを要注意人物だと言っていた。理由は説明できない様子だったけど。
何てことは無くても、秘密を持っているっていう、そういう部分が根幹にあるから、原田さんの中で何かが引っかかっているのかも知れない。オープンでない部分を怪しく思う勘が働いて。
でも…原田さんだって、全然オープンじゃない。超怪しい『爽やかな笑顔』に加えて、…兄貴曰く『女性にユルい』。またそれを自分から人に話すこともしない。
まあ、俺もわざわざ聞かないけどさ。
いろいろ考えていたらエレベーターが地下階に到着した。開いた扉から降りる。すぐ目の前にエンジンのかかった白いラウンドクルーザーが止まっていて、運転席に彼が乗っていた。こっちにヒラヒラと手を振る。
慌てて助手席に乗り込むと、車はすぐに動き出した。
「乗せてくださって、ありがとうございます」
そう言うと、彼はこっちをチラッと見て笑顔になった。
「お疲れ様」
いつもの、優しい声。
緊張するなぁ。まさかこんなことになるなんて。
…距離近いってば。助手席だぜ。
「真っ直ぐ帰る?」
柔らかい口調で俺に聞く。
「あ、はい」
ガチガチに緊張しつつ頷いたら、
「ビール、好きだっけ。飲みに行く?」
と、誘ってきた。
マジか。
うーん、どうしよう。「だらっだら」にだらけて一人きりで悲しみたい気持ちと、緊張するけど興味のある隣人と仲良くなれるチャンスと、どっちを選ぶべきか。
仲良くなるチャンス…を選ぶべきかな。
どうかな。
「なんで内緒にしてるんですか?アパートのこと」
「んー、まあいろいろ」
「怪しいなあ」
結局アパートの近くの居酒屋で2人で飲んでいる。
車の運転があると栗栖さんが飲めないから、近所にしようと俺が言ったのだ。
栗栖さんは、本当にアパート近辺のことに詳しくて、駐車場に車を停めると、俺の行ったことも無いような道を歩いて、初めてみる店に連れてきてくれた。
俺も仕事柄、広告を取るためいろんな場所を訪ね歩いては開拓している。でもこんなところに小さい店が、数件とはいえ立ち並んでいるとは知らなかった。
チェーン店とかじゃない、すごく地元感のある居酒屋。客が二十人も入ればいっぱいになるような広さ。カウンター席が六、七人分。その隅っこに二人で座っている。
「苅田の弟だったとはなぁ」
あ、話題を変えられてしまった。秘密のアパートの話が聞きたかったのに。
「なんて呼べばいい?『苅田』だとお兄さんと被るから、広彦くんって呼んでいいかな、俺も」
「はい、ヒロヒコでもヒロでもなんでも」
あまり飲み過ぎないようにしよう。いきなり嫌われたくない。
「あ、生中二つ」
飲みすぎないようにしよう、と思った瞬間に栗栖さんがビール二杯頼んじゃうっていうこのチグハグ。
…まあ、いいか。
「俺、会うたびに飲んでるとこ見られてますけど、アル中とかじゃないですよ」
飲みながら、ついつい、そんな言葉が口からこぼれた。栗栖さんがフフフと笑う。
「いつも楽しそうに酔っ払ってるから、実は一度一緒に飲みたいって思ってたんだ」
そうなの?
「でもさ、ただ隣人ってだけで何のキッカケもないもんだから…まあいつか、って程度だけど」
俺も、俺もです。あなたとは「隣人」よりもうちょっとだけでも仲良くなりたいと思ってたんだ。
思ってたんだよー!
あ、酔ってる。俺。
でも今のを声に出して言わなかったから…まだ大丈夫。
なんかそういう適当なことを考えながらニコニコしてたら、どうしてか分からないけどカウンターの、隣の席に座っている栗栖さんの手が俺の膝にスーッと置かれた。
ん?
なんなの、これ。
ん?
首をかしげて栗栖さんを見る。
栗栖さんも首をかしげてこっちを見てた。
どういうこと?
原田さんに『男の子は口説かない』って言ってたから、単に置いただけかな。
この手、何?
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