第13話 「片想いモドキ」と「お気楽」
結局その日は一日、部屋でゴロゴロしていた。二日酔いで頭はガンガンに痛いし、仕事は休みなうえ、誰とも何にも約束してないし…。
でもそうやって何もしていないでいると、いろいろ考え事をしてしまうものだ。仕事のこととか、隣の人のこととか、今までビールばっかりだったけど、日本酒もいけるな…とか。日本酒のことは考えるのに、原田さんのことはあんまり考えてなかったな、とか。
で…兄貴のこととか。
やっぱちょっと考えてしまう。
その結果、俺って、ダメだな…と思ってしまう。どこから駄目になったんだっけ。いつから好きなんだっけ。
いつから、いつから溺れてた?
この泥沼の中。
いつから?
どうしてまだ普通に暮らしていられるんだろう。
…とっくに狂っているのに。
もしかしたら、これからの人生はただ俺の中にある兄弟の綺麗な思い出を真っ黒に汚しながら生きるだけかも知れない。
ずっと酔っていたい。できれば誰かと飲みながら。人と飲んでいる時、俺はあまり深く考えてない。兄貴のことも途切れ途切れに思い出すくらいで。だからずっと酔っていたい。
原田さんって、丁度、いい。
仕事の愚痴を言って、あの軽口で慰められて、なんか深く考えているのがバカバカしくなってしまう独特の空気で。
飲み過ぎて、今は二日酔いで辛い。
でもまた彼と飲みに行くだろう。あの人はまた誘ってくれる。原田さんと飲むのは楽しいしラクだ。
そう言えば。
日本酒が案外いけたから、これからはそっちを攻めてみよう。
でもさ、コンビニ帰りに缶ビール飲みながら歩いている程度だったら「大人になったな~」って感じで済まされるけど、酒屋から日本酒飲みながら歩いて帰って来たりしたら大人を通り越してちょっと駄目かもな。
…駄目でもいいか。どうせ性根の腐った駄目人間なわけだし。
けど日本酒の瓶もってフラフラ歩いてるところを隣の「あの人」に見られるのはちょっと嫌だ。せっかく良い医者を紹介してやったのに、こんなクズだったのかって思われたくない。
隣の人。
気になっているお隣さん。
お隣りさんのことを思い出し、少しはまともに生きようと思ったりする。
とりあえず今日中にこの全身を浸している酒を抜いて、明日は人間らしい暮らしをしよう。水分とって、出して、なんか野菜食べて。
冷蔵庫に入っていたペットボトルの水をちびちび飲み、テレビを眺めてゴロゴロする。夕方にはだいぶマシになってきたので、Tシャツとジーンズに着替えて、自転車で十分ほどの場所にあるスーパーに買い物に行くことにした。
酒臭いかな…マスクして行こ。
この前教えてもらった田中医院の前を通り抜けてスーパーへ向かう。通ったことあったのに、気付いてなかったことに気付く。人ってこうやって、いろんなものを見落として生きていくんだろう。
いや、俺だけか。
スーパーではとりあえずカゴにペットボトルの水を入れて、それから野菜野菜…切ってあるだけのサラダとかでいいや。調理する気には全くならない。
酒のコーナーや、つまみになりそうなものがある場所には近づかない。近づきたいけど、自分の部屋に在庫を残してはいけない。自分の胃袋に向けて処分を開始してしまうから。
水と、野菜だけ。
「今日は俺が出します」
一週間後、俺は原田さんと会っていた。
「まあそう言わずに」
原田さんはいつものように軽い調子でニコニコしている。
「じゃあ、先週の分、タクシー代も合わせて払わせてくださいって言いますよ」
そう言ったらちょっと黙った。
「了解。じゃあ今日は奢られよう」
フニャッと笑う。
「最近いきつけの居酒屋があるんだけど、そこでいい?高くは無いから」
「ええ。高くても出します」
今日は俺がが原田さんの職場の近くまで押しかけていた。二人で繁華街をぷらぷら歩く。
「仕事、落ち着いたの?」
なんてことない様子で原田さんが言う。
「急な移動だったから、なんか…。人間関係もできてないし」
「ゆううつ?」
「…とまでは言わないけど」
ブツブツ喋りながら歩いていたら、『お、原田じゃん』って声がした。顔をあげたら、スーツ姿の男三人連れだった。原田さんが軽く手をあげて挨拶をかわす。俺も小さく会釈した。
「今日は女連れじゃないんだな」
背の高い男がそう言った。
「俺、そんなにいつも女連れじゃないでしょ」
原田さんがニコニコ返すと、別の奴が「嘘つけ」と言ってニヤニヤ笑った。
「次は受付のミユちゃんと遊んでるって聞いたぞ」
「まあ…人は遊ぶために生きてるよね」
原田さんは超謎、っていうか超適当なことを言って意味深にニヤリと笑った。
「お前は気楽でいいなぁ」
もう一人の奴がそう言う。原田さんが「じゃあまた」と手を振る。
気楽でいいなぁ、か。
原田さんってお気楽に見えるよな。
「ミユちゃんって人、どんな人ですか?」
生ビール2杯目、ちょっと聞いてみた。ん?と原田さんがこちらを見る。
「うちの受付の子だよ」
そんなことを聞いてるんじゃないでしょ。
「かわいい?」
からかい気味に聞いてみる。
「そりゃね」
ふーん。
「付き合ってんですか」
「どうかな」
原田さんがグラスを傾ける。お調子者のエセさわやか人間って感じだけど、まあ…ハンサムだな。
「原田さんって遊ぶために生きてるんだ」
俺がそう言ったら、原田さんは「そうだね」と頷いた。頷いて、「目標がないし、毎日楽しくやってくしかないね」と呟いた。
ん…?
なんだか、めずらしく声が真面目な感じがして顔をあげる。見ると、原田さんはいつもより寂しそうな表情をしていた。
こんな顔は見たことがない。
悪いこと言ったかな。ミユちゃんって人と、なんかあったのかも。
「あの…」
フォローしなくちゃ、って思うけど、何の言葉も出てこない。
「それより、広彦くんは?彼女とか」
先に原田さんに話題を振られてしまった。
「いないですよ、もう何年も」
へへっと笑ったら、原田さんが俺のからっぽのコップに自分の飲んでいたコップから日本酒をざーっと流し込んできた。
「はい、飲んで飲んで。お姉さん、生中二つ」
慣れた様子で追加を頼み、原田さんはまたいつもの様子に戻った。俺も、ほんの少し心配した気持ちを引っ込めた。
「あれ?原田…と…ヒロ?」
背後から、大好きなあの声が聞こえてきたのは、その時だった。
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