第12話 原田さんには気を遣わない
「広彦くんの飲みっぷりって見てて気持ちがいいね」
いえいえ、原田さんこそ…そう思いつつ、なんかもう舌が重くて回らなくて、俺はうつむいてニヤニヤするだけだ。
「好きなんだね」
そっかな。
そういえば、隣の人も俺に『いつも酔ってる』って言う。
いろんなものから逃げたくて飲んでいると自分では思ってたけど、単に好きなのかもしれない。
無言で考えてたら、また原田さんが酒を注ぐ。
「…好き…かも…」
そう言ったら、原田さんが「どうぞどうぞ」と勧めてくれた。
軽くお猪口を持ち上げて、心の中で乾杯。
兄貴が結婚して、総務課からは放り出されて、ひとりぼっちになっても…ま、いいか。
ひとりぼっちになっても、原田さんくらいは、誘えば一緒に飲んでくれるかも知れない。何考えてるか分かんないけど、気を遣わなくて良い人だ。ドキドキもしないし、話したことは受け止めてくれるし、説教じみた事も言わないし、なんか気が楽で良い。
…ぐいっと飲み干す。
「いい飲みっぷり」
原田さんの声が、なかなか耳に心地よい。
「原田さんって、イイ人だね」
酔ってるから、素直にそんなことも言う。
「それって『意外と』ってことでしょ」
原田さんが小さい声でそう言って、唇を尖らせた。ふーん、そんな顔もするんだ。
その表情が珍しく面白いから「そう、意外と」って返事をしたら、原田さんは「素直すぎだろ」って言って、俺のこめかみあたりを指で小突いた。
「へへへ…ごめん」
「いいよ。よく言われるし」
よく言われるんだ。
「ふーん…女の人とか?」
ちょっと邪推してみる。原田さんの頬がふと緩む。
「ま、そんなとこかな」
「俺、傷えぐった?」
かな?
「いいよ、かわいいから許す」
…かわいいってなんなの。弟みたいってことかな。
「原田さん、弟とか…妹とか、いる?」
「兄弟は怖い姉だけ。広彦くんみたいな弟だったら欲しい」
「欲しい?」
「うん、貴彦から横取りしたいな」
そう言いながら原田さんが俺の頭を撫でた。
何やってんだか。横取り?俺を?…いやいや、兄貴を横取りされたのは俺だよ。
あの感じのいい女の人…酔って名前も出てこない。あの人に持ってかれちゃった。
…違うか。
兄貴は俺のものじゃない。頭では分かっているんだ。でも、心がついてこない。
「兄貴は…」
俺は何か言おうとした。
「……」
でも、何を話そうと思ったのか分からなくなった。
「ん?」
原田さんが俺の顔を覗き込む。こうやって覗き込むのが、この人の癖なんだろう。よくこうする。
「俺…何言おうとしたか忘れちゃった」
「大事なところなのに」
「…大事?」
なんで?
「うん。大事」
なんで?
…そこから先の記憶が無い。
目が覚めると俺は住み慣れ始めた狭い部屋のベッドにいた。
「うッ…」
頭、痛い。激痛。こんな二日酔い久しぶり。
…二日酔い…。
二日酔い?
仕事は?…休みか…。土曜日だった…。
あ!そういえば、原田さんは?
やっと昨夜のことに思い当たって、きょろきょろと辺りを見回したが、原田さんはいない。
身体を起こしたら頭を殴られたみたいに二日酔いの衝撃が走ったけど、なんとか堪えて立ち上がる。
「原田さ…ん」
声をかけてみた。掠れた声が出た。
ふと振り返ると、ベッドに俺の携帯が転がっていて、青いランプが点滅していた。
原田さんからのメールだった。
『仕事あるから帰るね。またね』
……。
なんというタフガイ。あれだけ飲んで翌日、土曜日なのに仕事とか。
仕事だったら電話できないな、と思ってとりあえずメールしておいた。
『昨夜は楽しいお酒でしたが、どうやって帰ったかも覚えてません。本当にすみませんでした』
そんなメールをしつつ、実はあんまり反省してなかった。
なんか…迷惑かけても『ま、いいか』って気になってしまう。原田さんって人の成せるワザか…。いやいや、あんまり舐めてかかっちゃいけないよな。年上なんだしさ。
しかし俺、どうやって帰ったんだろう。原田さんに送ってもらったのかな。原田さんはどうやって帰った?タクシー呼んだのかな…。
それよりなにより、財布の札が一枚も減ってない。どうやら全部原田さんに奢らせたみたいだ。
…それも、ま、いいか。
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