第11話 広報課と原田さんと愚痴
「結局CMの目的は何か、ターゲットは誰かってことなんですよ」
翌日、急に呼び出されて放り込まれたCM製作の会議で、俺は病み上がりの朦朧とした頭をフル回転させ、マスクをしたまま一席ぶっていた。
「この辺りでは『よってけ』を知らない若い人はいない。創刊十五年、過去若かった…といえる現在の『子育て世代』にも浸透しています。正直、地方CMを打つこと自体、今更感があります」
そんなこんなの理由で、俺はCM製作に反対している。
その一番反対派の俺に、会社はCM内容を考えさせ、作らせようとしている。しかし、彼らがCMをやろうと言い出した動機は『十五周年だし』『売り上げが伸び悩んでいるし』など、曖昧なものだった。
はっきり言って、本当にやりたくない。
どうやって断ろう…というよりも、どうやってCMを打つことをやめさせよう、という強い意志が湧き上がってくるのだが、俺が何を言っても、社長も広報課長の松本さんも『まあまあそう言わずに…』と柔らかく包み込んでくる。
「記念にやりたいなぁって感じなんだよ。効果うんぬんじゃなくって。テレビ局からもやってくれないかって誘われたしさ。苅田くんも、日ごろ広告取りやってるから、局側の気持ちもわかるでしょ」
「そうそう、そういうぬるい感じだから、本当に苅田くんの好きにできるんだよ。効果も数字も何のノルマもないなんて、今どきないよ」
本当に、今どきそんなのない。
「苅田くんに丸投げにするつもりもないし、広報課も一丸となってやっていくし」
「でも…それだったら僕じゃなくて、広報課で『自分がやりたい』って人はいないんですか?」
ただの事務方の、広報課でもなんでもない俺が横から入って中心になってやるのもおかしい。そう思っての俺の発言に、みんなが顔を見合わせた。
「…いや、あのね…」
渋々、といった様子で松本さんが口を開く。
「広報課の全員が苅田くんのこと推してるんだ。苅田くんと仕事したいって。広告取りはほとんどの社員が一度はやったことがあって、うちの課の者はそれを大量に見てきたわけだけど、苅田くんが取ってくる広告がすごく楽しいんだ。毎回みんな楽しみにしてる。同じところの広告もアレンジ入れてきたり、こないだの喫茶店の広告なんか、こっそり先月号との違いを探すっぽくなってただろ?みんな、もう本当に楽しみにしてるんだよ。CMはいいキッカケになるから、以降仲良くやっていきたいなって…」
…驚いた。
褒めてもらっていることは嬉しかったけど、これってもしかして…。
この部屋に、総務課の人間はいなくて、俺にはすがるものが無かった。
ねえ、これって暗に広報課への異動を勧められてるんじゃないだろうか。
…俺、広報課で仕事したくない。そんなつもり無かったもん。でも、異動しろって言われたら断れない。そんな偉そうなこと言える立場じゃない。
この会社は好きだし、せっかくアルバイトから社員にしてもらったし、みんな良い人ばっかだし。
…そうだよ、そもそも頼まれた仕事を断れる立場じゃないんだよ。このバイトあがりが。
病み上がりだからかな、なんか…頭の中がうまくまとまらない。まとまらない。
俺が黙ってしまって、他の人もみんな黙り込んだ。
目の前の、お茶の入った紙コップに手を伸ばす。喉がカラカラだった。
あ…マスクをとらなくちゃ。
…失礼します。
一口飲んで、ため息をついて、
「わかりました」
小さく呟いた。
総務課に戻ったら、全員がこっちを見た。
やっぱりそうだ。
俺はお払い箱だ。異動の時期でもないのに。社員になってまだ二年も経ってないのに。
「大谷さん、俺はただの貸し出しじゃなかったんですね」
マスク越しの小さい声が、部屋全体に広がった。
「…苅田くんには素質があるから…」
そんなの無いよ。無いから努力してたんだ。
「ショックです」
泣きそう。泣かないけど。
誰も何も言わなかった。すごく寂しかった。
「ああもう辛い!」
思ったより大きな声が出ちゃったのは、ビールを中ジョッキで五杯飲んだからだと思う。
「つらいの?」
原田さん、ザルだ。いくら飲んでもちょっと頬が赤くなるだけで、基本いつもどおりのさわやかな空気を纏っている。ちぇっ。
「辛いですよ」
「なんで?得意技が見込まれて引き抜かれただけでしょ」
最初は愚痴を言ってたつもりは無かったけど、気が付いたら愚痴になっていた。原田さんのことは、ちょっと胡散臭く思ってるから、この人の前で自分をちゃんと見せようとか全く思わないせいで…一人でいるとき以上に飲みすぎる。
俺んちの近くの駅まで原田さんが来てくれて、今は駅の近くの店で飲んでいる。気になってたけど一人では入りづらかった、和風でちょっと高そうな店だ。
鰤大根や寿司を軽く頼んで、旨いね、とつまみながら、あとはずっと飲んでいる。
俺はビールばっかり飲んでいるけど、原田さんは最初のビールのあとは日本酒を手酌でいってる。しかも三種目だ。
「原田さんって酔わないの?」
「ん?酔ってるよ」
「うそ。フツーじゃん」
「広彦くんも飲む?」
「無理無理。もう無理」
店員さんが持ってきてくれてた新しいお猪口に、原田さんがちょっとだけ酒を注いだ。
「明日、休みでしょ?飲みなよ」
「…へへへ」
得意じゃないけど…いただきます。
「どう?」
原田さんが俺の顔を覗き込む。
冷たくてスッキリして、水のようにさらさらと体内に取り込まれる。
「…旨いね…」
その返事に彼はにっこり笑った。
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