第7話 原田さんからの誘い

 俺は、突然姿を現した原田さんに、すごくビックリした。


「どうしたんですか」

 普通に、そう聞いてしまった。

 それに対する原田さんは、爽やかな笑顔をこちらに向けて言った。

「君のこと、追いかけてきたの。あの二人の顔はいつでも拝めるし」

 そりゃあそうだろうけど。

「俺の顔なら、兄貴の結婚式の時にも拝めますよ…って、拝むようなもんじゃないですけど」

 顔を隠しながら言い返す。

「飲みに行こうよ」

 原田さんが俺を誘った。この人、爽やかに見えて他人の話を全く聞かないな。

「明日、早いんで」

 さっき三人に告げた言い訳をもう一度口にする。

 そこで初めて、原田さんは頬を歪めた。


「口実でしょう、そんなの」


 え?


 俺の気持ち、この人にバレてる?

 あの場にいたくなかったこと。

 兄貴を他の人に取られたくないこと。

 バレてる?

 心臓がバクバク言い出した。原田さんの顔をまじまじと見た。この人、何者だ…と思った。

 でも、彼はそこまで見抜いてはいないようだった。

「日曜の夜に、わざわざ兄貴の知り合いばっかりとの晩飯なんて、時間の無駄だもんね」

 …なんだ…そういうふうに捉えたんだ…。

「いや、そんなつもりじゃないですけど」

「だって、来た時から帰りたそうだったよ。俺、そういうの、わかるの」

 帰りたそうだった、は正解で、でも中身は違う…。

 って、言えないけど。

「お酒…興味なかったら喫茶店とかでもいいよ。ちょっと聞きたいことあるんだ」

 原田さんは俺の思惑など完全に無視して自分のペースで話す。

「聞きたいこと?」

「うん。広彦くんって、『よってけ』作ってる会社にいるんだろ」

 お、いきなり仕事の話。

「…はい」

「あのさ…」

 原田さんは俺の肩になれなれしく腕を回して歩き出した。

 歩き出したよ、この人。

「先月号の『シャイン』の広告、あれコンサルとかクリエイター入ってんの?それとも店が出してきたまんま?知らない?」

 シャイン…個人でやってるヘアサロンだ。俺が原稿作って、お店の人が「それならいいよ」って、取った仕事だった。

「あれは…俺が…」

 恐る恐るそう言うと、原田さんは『おや?』と片眉を上げた。



 居酒屋に入って日本酒を飲む。

 原田さんはワインとかが似合いそうな風貌だけど、日本酒に詳しくて、しかも強くて、次から次へと注文し、空っぽにしていった。全然酔わずに。

 シャインの広告の件、原田さんが褒めてくれたもんだから、俺はいい気になってベラベラ喋った。ビール投入以降は愚痴も投下で。

「CMやれとか言うんですよ~」

「いいじゃん、やってみたら」

「ヤですよ。俺、ただの広告取りの事務屋なのに」

「上の人も、君に何か見込みを感じてるんだよ」

「そうかな」

 励まされると、ちょっとやってみてもいいかなって気がしてくる。

 原田さん、聞き上手だ。と言うか、引き出し上手と言うか。つい喋ってしまう。兄貴と比べるのも何だけど、もしかしたら兄貴より喋りやすいかも知れない。意識、してないからかな。

「テレビのCMだと、最近は『ちょこたん、ちょこたん』が気になるな~」

 原田さんがそう言った。それ、俺も好き。チョコビスケットが、ちょこたん、ちょこたんって歌うお菓子のCM。すっごい地味なやつ。

 森の中を、チョコのかかったビスケットが散歩してて、そいつらが『ちょこたん・ちょこたん』って歌うんだけど、下手で、かわいらしいのだ。

「へへへ、あれ、歌っちゃいますよね」

「広彦くんも好き?」

「好き好き。最後に画面の端で転ぶ子がいるでしょ。あの子が好き」

「あはは、よく見てるね。かわいいよね」

「あれね、その後ろの子を庇って転んでるんです。気付いてました?」

 なんか、それを見てると兄貴を思い出すんだ。

 ま、兄貴は転ばないけど…。

「そうなの?次、見とくよ。あれ、地味なCMだけどすごく丁寧に時間かけて作ってるよね。背景がセットじゃなくて本当に外で撮ってるところも好きでさ」

 原田さんは、やっぱ兄貴の会社の人なので、他社のCMや広告のこともよく見いてた。俺も最近自分で作ったりする関係で細かいところを気にしてたから、話が合った。

「いや、シャインの広告はさ、貴彦もお気に入りだったよ実際」

「え?マジですか」

「うん。広彦くんが作ったって知ってたのかな」

「いや、知らないと思いますけど。最近会ってなかったし」

 兄貴が気に入ってくれてると思うと、ウキウキして頬が緩む。

 へへへ。

 嬉しい。

 嬉しい。

 ビールが随分入っているものだから、何もかも顔に出てしまう。原田さんが「嬉しそうだね」と言った。

「…うん」

「尊敬してるんだ、貴彦のこと」

「…尊敬ってのとはちょっと違うかな」

 憧れ?

 好意?

 願望は、抱きしめられたい…だけど…。

「尊敬じゃ無くて、何?」

「へへ」

 内緒。


 妄想して、笑う。ふと気が付いたら原田さんが俺をじっと見ていた。

「ん?」

 見つめ返す。だいぶ酔ってるもんで。

 少し真顔の原田さん。偽の爽やかな表情より優しいね。

「広彦くんのこと、また飲みに誘ってもいい?」

 見つめ合ったまま、原田さんがゆっくりと訊いてきた。今日一番の丁寧な言葉と、真剣な表情…と思ったけど、酔っていたから勘違いかも知れない。


「…いいよ…いいですよ」

 へへへと笑ったら、原田さんは「かわいいね」と言った。




 携帯のアドレスを交換して、駅で別れた。



 日曜の夜の電車は人も少ない。空いてるところに腰かけて、ふーっとため息をつく。

 飲み過ぎたかなぁ…。失礼なこと言わなかったかな。なんか途中から相手が年上だって意識が低くなってしまってた。

 なんか、軽い感じがするからな、あの人。

 …ん?

 なんか、変なことを言われた気がする。

 そうだ、あの人、俺のことかわいいって言ったんだ。

 へんなの。

 職場のオバチャンとかには言われるけどさ…へんなの。


 兄貴に、言われたいなあ…そんで、ぎゅってされたい。


 …寂しい。

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