それぞれのエピローグ

二日目 ♢ーK

 館内が万雷の拍手に包まれます。

「ご観覧いただきありがとうございました!これからも桜日高等学校演劇部をよろしくお願いいたします‼」

 舞台の中央で結愛ちゃんが声を張り上げて、お客さんたちに感謝を伝えます。

 割れんばかりの拍手の中、ゆっくりと緞帳は閉じていき、舞台は幕を下ろします。

 『不思議の国の被告人』

 滑稽でいながらも、どこか愛嬌のある住民たちが繰り広げたおかしな裁判。

 とても素敵なものがたりでした。

 暗幕が引かれ、館内に光が差し込みます。その眩しさに思わずまばたきが増えます。

「先ほどはおつかれさまです。本当に間に合ったんですね」

「だいやちゃんこそありがとう」

 隣に座る咲くんにお礼の言葉を伝えます。

 いえいえこちらこそ、いやいやそちらこそとお互いに謙遜しあいます。その行動が、ただの引き延ばしでしかないことはお互いに理解していました。

「それじゃあ、そろそろ閉会式がありますから」

 そういって立ち去ろうとしたとしたわたしの制服の裾を咲くんが掴みました。

「放課後、校門前で待っていて欲しい」

 その眼差しは、先ほど中庭で見せたものと同じでした。



 十月半ばの夕暮れ時は既に肌寒く、否応なしに秋の深まりを予感させます。

 吐き出した息は、やけに熱く、未だわたしの体の中に文化祭の熱気が残っているように感じます。

「寒い中待たせてごめん」

 隣を歩く咲くんが、わたしのことを気に掛けるように尋ねます。

「別に、そんな寒くないですよ」

 これは本当です。緊張のせいか、体の内側では異常なまでの熱を発しているようです。

 よくこういった時の心情は、心臓が張り裂けそうになると表現されることが多いですが、それが嘘ではないことをいまひしひしと実感しています。わたしの心臓、裂けていませんよね?

 わたしが会話を打ち切ってしまったせいか、咲くんとの間に沈黙が流れます。

 それが心地よいと同時に、少しでも何か言葉を発したら壊れてしまうのではないかという思いにかられます。さながら、薄氷の上を歩いているようです。

 駅へと続く道程は、普段の下校よりもひどく長かったはずなのに、気づけば次の信号を渡れば、もう駅についてしまうところまで来てしまいました。

 ちょうどの目の前で信号が赤に切り替わり、足を止めざるを得なくなります。

 横目で咲くんをうかがうと、彼もどうしたらいいか分からないといった表情を浮かべています。

 きっと咲くんも同じ気持ちなのかもしれません。それでも彼は勇気を振り絞ってわたしを呼び止めてくれたのです。

 それなら次はわたしががんばる番なのでしょう。

 意を決して口を開きます。

「咲くん、一つ教えて欲しいんですけど」

 本題に入る前に聞いておきたいことがありました。

「結愛ちゃんからお話をうかがってませんか?」

 わたしの問いに咲くんは申し訳なさそうに少し目を伏せたあと、

「結愛さんとは、もう話を済ませてある」

 と静かにいい切りました。

「……そうですか」

 それでいてわたしがいまここにいるということは。

 つまりは、そういうことなんでしょう。

 鈍感なわたしでも、ここまでお膳立てされれば流石に分かります。

「……咲くん」

 逃げていた本心に向き合って、

 いわなければいけません。

「咲くんのことが、その、えっと」

 駄目だ。言葉が出ない。

 この時間が永遠に続けばいいのにと思う一方で、早く楽になりたいとも考えてしまいます。どちらの方が幸せなのかは分かりませんでした。

 その時でした。

 咲くんは唐突にわたしの手を握りました。お互いに手はしめっていて、わたしの考えは間違ってなかったことが分かりました。

「――石波だいやさん」

「……はい」

 フルネームで名を呼ばれ、背筋がぴんと伸びます。

「僕とお付き合いしてくれませんか?」

 とてもシンプルな告白。それを口にした咲くんもまた表情を赤らめていて。きっとわたしも大差ないでしょう。

 答えはもう決まっています。

 ずっと前から、いおうと思っていた言葉が。

 なんとか口を動かして、咲くんに思いを伝えます。

 けれど、わたしの耳にはその言葉は届きません。

 だって心臓がうるさくって仕方がなかったのですから。

 そんな中、分かったのは二つだけ。

 信号が青に切り替わったことと、安堵するように咲くんの口が『良かった』と動いたことだけでした。

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