二日目 ♢ーQ

 漆原さんや盾屋さんが衣装を探している間、行き違いを防ぐためにわたしは部室で待機していることになりました。

 すぐに作業ができるようにと、アイロンやミシンなどを準備していると、

「ここにいたんだ、だいや」

 現れたのは結愛ちゃんでした。

「結愛ちゃん……」

「漆原さんからここにいるって聞いたから」

 結愛ちゃんは後ろ手で、教室の戸を閉めます。

「結愛ちゃん、部活の方は本当に大丈夫なんですか」

「……うん。恭介先輩も戻って来てくれたから、あとは衣装だけなんだけど――」

 なら、なおいっそうのこと衣装を完成させなければ。

 わたしがそう考えていると、

「だいや。無理しなくていいよ」

 動こうとしたわたしの手を結愛ちゃんが止めました。

「どうして」

「……脚本家の人が事情を理解してくれて、最悪わたしが出なくても問題ない脚本を用意してくれたみたいで」

 珠之先生凄いですね、そんな言葉が喉元まで出かかります。

「でもそれじゃあ結愛ちゃんが」

「きっとさ、罰が当たったんだよ。部活がこんな風になっちゃったのも、私のせいみたいなところがあるから」

 自嘲気味にいう結愛ちゃんの表情が陰ります。

「私のわがままで色んな人を困らせて。さっきも、愛川くんたちに迷惑かけちゃったし」

「部長がそんな風に落ち込んでる場合じゃないですよ。それでもう漆原さんから聞いているかもしれませんが、いまから衣装を――」

 そう発破をかけたところで、

「……なんでそんなに優しいんだよ」

 結愛ちゃんがぽつりとそんな言葉をこぼします。その声は震えていて、わたしの手を掴む力が強くなりました。

「分かんないんだよ。だいやが私に優しくてくれる理由が」

 結愛ちゃんはうつむきながらそういいました。

「そんなの友達だからに決まってるじゃ――」

「私は‼だいやが四葉くんのことを好きだってことずっと気づいてた。知ってた。ねえだいや。人の想いを平気で踏みにじれる奴を、あなたは本当に友達だっていえる?」

 そう告げる彼女の姿は酷く弱弱しく見えました。

「私は、私だったらそんな人を許せない。だから、その、だから……」

 結愛ちゃんの声が徐々に小さくなっていきます。

 そして。

「……諦められなくてごめんなさい。最低な人でごめんなさい」

 微かに、けれどはっきりと聞こえる声で、結愛ちゃんは私に頭を下げました。

 なんで。

「なんで、そんなこというんですか」

「私はだいやの友達でいたいから」

 そう答える彼女は、涙をこらえているようにも見えます。

「いろいろいい訳して。本当は悪者になりたくないだけだったのにね」

 自分のことを責めるように、結愛ちゃんはいいました。

「人の想いをないがしろにしてまで、自分のやりたいことは出来ないよ」

「だから、舞台に立つのを辞めるっていうんですか?」

 わたしは反射的にいい返していました。

「これは私のけじめの問題だから。だいやに分かって貰えなくたって私は」

「分かりたくもないですよ。そんな話」

 結愛ちゃんの肩が、怯えるようにぴくりと動きました。

「――今年の舞台、珠之先生が脚本をやるってわたしに教えてくれたのは、結愛ちゃんだったじゃないですか」

 唐突な発言に、結愛ちゃんが困ったように首をかしげます。

「それを聞いたときにわたし、一つ期待してたんです。自分の友達が、好きな小説家の舞台の主役をやることになったら、すごい素敵だなって」

 だから。

「本当に結愛ちゃんが主役をやることになって、嬉しかった。自分の大切なものが一つに集まったそんな感じがして。そう思えたのも、他の誰でもない結愛ちゃんだからなんですよ。だから、結愛ちゃんが舞台にいないと意味がないんです」

「違う、私は、だいやにそういうことをいってほしいわけじゃ」

 きっと結愛ちゃんは、わたしに嫌われることで許しを得たいのでしょう。

 それで全部おわりにしたいというのならば。

 そちらの方がよっぽど許せません。

「わたしだってずるいですよ。だってわたしは結愛ちゃんが嫌がることをしてまで友達でいたいって思うんです」

 うなだれる結愛ちゃんの肩を抱き、目を合わせます。

「結愛ちゃんは色々と気負いすぎです。結愛ちゃんが自分のことをどれだけ許せなくても、自分のことがどれだけ嫌いでも、わたしは結愛ちゃんのことが好きなんです。

 わたしが好きな結愛ちゃんを、わたしに見せてください」

 わたしがそういい切ると。

 結愛ちゃんはわたしの胸に顔をうずめました。

 それからしばらくの間、わたしは彼女の頭を撫でていました。


 最初に教室に戻ってきたのは盾屋さんでした。

「剣から、アリスの衣装とってきた!」

 盾屋さんから衣装を受け取り、そのまま結愛ちゃんにあてがって急ピッチでサイズなどの確認を行います。

「だいや、北見さんからリボン借りることができた。他にも一応、候補を」

 ほぼ、時を同じくして、漆原さんから手伝いを頼まれた咲くんもリボンなどの小物や作業に必要な道具を届けてくれました。

 わたしと学校を回った後に、咲くんは着替えたのか、格好はスポーツブランドのロゴマークのパロディが印象的なクラスTシャツになっていました。むしろそっちの方が寒そうなのが少し気になりますが。

 改めて盾屋さんが作ったワンピースを確認します。

 盾屋さんの衣装は完璧でほとんど直すところがありません。唯一問題なのは、丈の長さでしょう。

 先ほどまでこの衣装を着ていた里音ちゃんは高身長でしたから問題なかったものの、それよりも身長の低い結愛ちゃんがこの衣装をそのまま着ると、どうしても丈が地面に着いてしまいます。

「いまから丈を直します」

「……できるの?」

「できます。結愛ちゃんは、舞台の方で待機していてください」

 早速、作業机の上にワンピースを広げます。裾を折り返し、チャコペンで印をつけます。

 印をつけ終わったら、そのままでき上がり線を引いてしまいます。

「盾屋さん。衣装切ってしまっても構いませんか?」

「おっけー。着てくれる人がいるなら本望よ」

 でき上がり線と平行になるように線を引き、そのまま下部分の生地を裁ちばさみで切り取ります。大胆にいきましょう。

 続いて、ミシンで裾部分を縫おうとしたところで一つ問題が発生しました。

「……合う糸がない」

 家庭科の授業で使うためのミシンなせいか、ミシン糸は白しかありません。生地と異なる色の糸を使うと、遠くからでもひどく目立ってしまいます。

「盾屋さん!青系の糸、あの箱の中にありませんか!」先ほど、咲くんに持ってきてもらった道具箱を確認してもらいます。

「この中にはない!」箱を漁りながら盾屋さんがいいました。

 迷っている暇はありません。道具がそろっている手縫いの方法で行きましょう。

 裾部分の生地を折り畳み、待ち針を均等な間隔で刺していきます。

 その作業が終わったら、いよいよ、生地に糸を縫いつけていきます。

「咲くんは、体育館の方に行かなくて大丈夫なんですか!」

 作業を行う手はそのまま、視線を針に向けたまま咲くんに尋ねます。現に漆原さんは、会場案内のために体育館にいます。

「問題ない。落ち着いて作業してくれ」

 先ほどから咲くんは、スマホで誰かに連絡を取っているようです。

「――恭介先輩から、『五分なら間を持たせられる』と連絡があった。結愛が衣装に着替える時間を考慮すると、デッドラインは午後三時だ」

「分かりましたっ!」

 ミスをしないように慎重に。だけど作業は手早く。

 いわゆるドレスワンピースということもあってか、裾だけでも二メートル近くあります。はやる気持ちに対して、どうしても物理的に時間がかかってしまいます。

「だいや、そろそろ時間が――!」

「大丈夫。俺が絶対に間に合わせる」

 盾屋さんの言葉にかぶせるように、咲くんが答えます。

 ぐるりと一周分縫い終え、待ち針を外します。最後に、残った糸を切って、ワンピースを元通りに裏返せば完成です。

「出来ましたっ!」

 わたしが完成を宣言すると、

「衣装貸してくれ!」

 衣装を咲くんに渡します。

「咲くん、もう時間が! 」

 時計を確認すると、開演時刻である午後三時まで残り五分しかありません。

「十分、間に合う! 」

 そういうやいなや、咲くんはそのまま廊下へと駆けだしました。

「あとは頼みます! 」

 咲くんの後ろ姿にそう呼びかけます。

 ですが、部室のある南校舎四階から、舞台の行われる体育館までどう頑張っても五分はかかります。

 咲くんはいったいどうやって間に合わせるのでしょうか?

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