二日目 ♧ーJ

「北見さん。いきなりで申し訳ないんですが、そのリボンを貸しては貰えないでしょうか」

「え、何で」

 北見は真顔で即答する。だよな。

「失礼なことを聞いてすみません。それでは」

 そういって、家庭科部の教室を後にする。タイムリミットが刻一刻と迫っていた。

「ちょっとちょっとちょっと。四葉くん、説明くらいしてよ!」

 北見に思いきり、首根っこを掴まれる。Tシャツの襟が伸び、喉元が締め付けられる。

 降参の意を示すため、北見の腕を何度か叩くと、ようやく手が離れた。


「にゃるほど。石波ちゃんの頼みですか」

「ええ。衣装を『作る』らしくて」

 先ほど、漆原から受けた説明を、そのまま北見に伝える。

 漆原によると昨日、舞台で破損した衣装は修復がほとんど不可能に近かかった。さらには、業者からは代わりの衣装を準備するのは難しいと返答があったらしい。

 衣装は準備できないにもかかわらず、時間は刻一刻と過ぎていく。

 それで、だいやはこう考えた。

 いま学校にある衣装を集めれば、結愛の衣装くらいは作れるはずだと。

 幸い今日は文化祭。変わり種の衣装など校内を見渡せばいくらでもある。

 エプロンドレスは、二年三組のクラスにベースとなるものがあるらしく、それ以外の小物を、俺には集めてきて欲しいとのことだった。

 特にリボンには石波のこだわりがあるらしく、本来使う予定だったリボンよりも、北見の使っているリボンの方が組み合わせとして良いとのこと。

 だが、漆原の言によると北見は、かなり奇矯な人物とのことで、そう簡単にリボンを貸してくれるとは思えなかった。

 念のため、駄目だった場合を考えて、他にもあてを見繕ってはいるものの、時間を考えると、ここで勝負を決めておきたい。

「――と、いうわけなんですが」

 北見は両目を閉じて、腕組みしながら説明を聞いている。この反応では五分五分といったところだろうか。

 さて、どうだ。

「分かった。そういう事情なら」

 そういって北見はリボンをほどくと、そのまま俺の手に握らせた。

「……いいのか?」

「いいよん。友達の頼みだし」

 想定よりもあっけなかった。漆原から聞いていた事前評とは随分と異なる。

「――それに何より、四葉くんの頼みだからね」

「俺の?」

 そう、と北見は感慨深そうにうなずく。

「色んな人からちょくちょく聞いてたけどさ、この文化祭、四葉くんが裏で色々手を回してくれたんでしょ?」

「裏って。そんな大したことはしてませんよ」

 書き下ろしの脚本執筆依頼に、演劇部のトラブル介入。コスプレ衣装の着装許可に、食品系の模擬店の認可、写真撮影、SNSへのPR投稿などなど。

 咲自身はこれらの行動を大したことないといっていた。彼がそう思うのならあえて否定はしまい。

「私にとっては大したことあるんだよ。家庭科部に多くのお客さんが来てくれたのも、四葉くんがSMSへの投稿を許可してくれたからだったし。これは、そのお礼ってことで」

 本当はもっと別の形でお礼したかったんだけどね。

 そういって、北見は製菓を販売するために並べられていた机を見やる。そこには完売御礼!!とポップ体で書かれた張り紙が貼ってあった。

「まあ、そういうことならありがたくお借りします」

 会釈をして今度こそ教室を後にしようとしたところで、北見は親指を立てると、

「四葉くん。楽しい文化祭だったぜ!」といった。元気溌剌といった様子だ。

「その言葉はまた後日、咲にいってやってください」

 俺の言葉に北見は首をかしげつつも「うん?わかった」と答えた。


 漆原によるとだいやは、被服研究部の部室で既に作業を行っているらしい。

 他にもいくつか候補となる小物や、頼まれていた道具を集めてから、被服研究部の部室へと向かおうとしたその矢先のことだった。

「四葉くん」

 ふと、後ろから声をかけられた。

 声がした方を見れば、そこにいたのは線の細い、どこか陰めいた魅力をたたえる青年。

 先ほど天岳と合流した際に、写真を見せられたからわかる。

 彼が、愛川総司か。

「すみません。ちょっと急いでいて」

 愛川は俺の手に握られた小物に目を向ける。

「被服研究部が衣装を直してくれるみたいなんですよ」

 愛川は、納得するように小さくうなずいた。

「天岳先輩が君にお礼をいっておいてくれって」

「分かりました。いっておきます」

 短くそう答えて、そのまま足を被服研究部の部室へと向かわせる。

 すべての称賛は俺に与えられるべきではない。

 その言葉を受け取るべき人間がこの場にいないのが、ただ残念だった。

 腕時計を確認すると舞台の開演まであと一時間。本当に間に合うのだろうかという疑問をかぶりを振って捨て去る。

 石波だいやならば、絶対に何とかしてみせる。そんな確信があった。

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