二日目 ♤ーJ

 教室へ戻ると、一番の稼ぎ時であったお昼を過ぎたこともあってか、朝よりも客数は減っていた。そもそも、コンセプトが崩壊していたにも関わらず、列になるほど客を呼べたという時点で、十分に善戦したともいえる。

「ところで、盾屋さんはどこに?」

 教室を見渡すもその姿は無い。

 盾屋さんは何処かとクラスメイトに聞くと、どうやら被服研究部にヘルプにでているようだった。

「着ぐるみ自体はもう見つかっているわけだからな。別に盾屋を待つ必要もないだろ」

「じゃあ、愛川先輩から貰った情報と合わせて、これまでの状況を整理しようか」

 ぼくたちはあいている席に向かいうように座った。

 昨日と同じく、ぼくは鞄からルーズリーフを取り出す。

「ちょっと貸してくれ」といって、剣はルーズリーフに情報を書き出した。ぼくも愛川先輩から送られた情報などから疑問点を書き出す。

 疑問点は次のようになった。


 一)ウサギの着ぐるみが選ばれた理由は何か。

 二)着ぐるみを盗難したのは岸山なのか。

 三)Xは何故、体育館放送室で犯行を行ったのか。

 四)Xは何故着ぐるみを投げたのか。

 五)岸山はXの顔を見ていないのか。

 六)岸山は何故、助けを呼ばなかったのか。

 七)名波に犯行は可能なのか。

 八)河本に犯行は可能なのか

 九)松林に犯行は可能なのか。

 十)犯行は何故昨日行われたのか。

 十一)脅迫状が書かれた理由は。


「とりあえず、愛川先輩から得た七番以降の情報については、先輩と一緒に考えるとして……。まずは、いまの段階で十分に検討ができそうな項目を考えようか」

 剣は、そうだなとうなずくと、

「一番と二番の項目についてはいまの段階で答えが出せる」

 剣は人差し指と中指を順に立てた。これは中々、幸先がいい。

「まず、一番目。ウサギの着ぐるみを選んだ理由だが、これは簡単だ。チェシャ猫の着ぐるみじゃあ放送室に入れない」

 剣は教室の隅で珍妙な踊りをしているチェシャ猫の着ぐるみを指さす。

「横幅が大きすぎる。あのサイズで放送室に入れるとは思えない」

 確かに。昨日のうちにクラスメイトから、チェシャ猫の着ぐるみは教室に入ろうとして、戸に引っかかったと聞いていた。

「まあ、仮に犯人がチェシャ猫の着ぐるみを被って犯行に及んでいたら、舞台に着ぐるみが落ちることもなかっただろうが――これは結果論だな」

 ぼくは剣の言葉にうなずいた。

「次に二番目。着ぐるみを盗んだのは岸山だよ。確実にな」

「その根拠は?」

「これだ」

 剣が持ち出したのは、僕たちが二日間、散々持ち歩いていたプラカードだった。

「昨日、岸山に教室の施錠について話を聞いた時、ウチのクラスの出し物をなんていってたか覚えているか?」

「……なんていってたっけ」

「『不思議の国のカフェテリア。時計ウサギとチェシャ猫を添えて』、だ。岸山はパンフレットを作ったから名前を覚えていたといっていたが」

 剣が文化祭のパンフレットを取り出す。

 剣が開いたのは各クラスの模擬店の紹介ページ。

 我らが二年三組の模擬店名はこう記されていた。

『2-3不思議の国のカフェテリア』と。

「盾屋がふざけたサブタイトルを考えたのはプラカードがつくられた文化祭前日のことだ。にもかかわらず、岸山は修正前のプラカードの内容を知っているということになる」

「でも、それがどうして恭介先輩の犯行を示す証拠になるの?」

 ぼくの問いに対して剣はため息をついた。それから呆れたようにいう。

「プラカードの内容を知っているということは、当然の事ながらプラカードを見たということだ。思い出せトーマ。盾屋はプラカードをどこに置いたといっていた?」

「――着ぐるみの前か」

 そうだ。宣伝用に投稿した写真では、ウサギがプラカードを抱いていた。

 ぼくの出した答えに、剣は満足そうにうなずいた。

「プラカードを移動させないと、着ぐるみを奪うことは出来ない。その時に岸山はプラカードの内容を見たんだろ」

 変に知識をひけらかしたのが仇となったなと剣はいった。

「ただ、昨日もいったように、岸山に協力者がいた可能性を現時点では否定できない」

「北見さんが見た着ぐるみを被って段ボールを運ぶ男子生徒が恭介先輩なら、その説は否定できそうだけどね」

 剣も似たようなことを考えていたらしく、そうだなと同意した。

「ここからはまだ答えが思いついていない」

 そういって剣は、薬指を立てた。

「三番目、何でXは放送室を犯行場所に選んだんだ?」

「……確かに、放送室から逃げるための扉は一つだけだ。それだったら前後に扉がある普通の教室で犯行を行った方が賢明だろうね」

 続いて剣は小指を立てる。

「四番目。Xは何故着ぐるみを投げた?」

「それは、恭介先輩と取っ組み合いになったからで説明がつくんじゃ……」

「Xは、覆面代わりに着ぐるみを被っていたはずだ。わざわざ、自分の正体が露呈するような方法で攻撃する必要が、本当にあったのか?」

 それに、といいかけて剣は机の横に置いてあったウサギの着ぐるみをぼくに渡すと、人がいない教室の隅へと移動した。

 手招きするポーズを見る限り、どうやら投げてみろといいたいらしい。

 ため息をついてから、バイクのヘルメットを持つように着ぐるみの首元を掴んで、剣に向けて投げてみる。

 しかし、結果は、先ほど剣がぼくに向かって投げた時と同じく、着ぐるみは投手の足元に落ちるという結果になった。

「……で、ぼくにこれをやらせて何が分かったっていうの?」

「この着ぐるみは重い。性差を問わず、投げるのはかなり困難だ。攻撃方法としてはあまりに確実性が低すぎる。にもかかわらず、Xは自分の正体がばれるのを覚悟で着ぐるみを投げた。これはどういうことか」

 ぼくが首をひねると、剣は再び口を開いた。

「五番目。岸山は本当にXの顔を見ていないのか?」

 愛川先輩によれば、恭介先輩はXの顔を見ていないという。

 しかし、それは先ほどの剣の疑問とは矛盾する。

「じゃあ、剣は恭介先輩が何らかの嘘をついていると考えているわけだね」

「そう。少なくとも岸山はXの正体を知っている可能性がある。そして、知っているうえでXのことを庇っているんだろ」

「となると、Xは恭介先輩と親しい人物になるのかな」

「岸山がXに弱みを握られているってのも考えられるな。事件の真相が明らかになることが岸山にとって不利益になるから、Xの名を伏せているという可能性もある。これで自動的に六番目、岸山が助けを呼ばなかった理由は説明できる」

 とりあえずは、こんなところかと剣は息をついた。

 七番目以降の情報を整理するために愛川先輩と一度会うべきだろうと考えたところで、廊下の方から何やらこちらに駆けてくるような足音がする。

 勢いよく戸を開けて、現れたのは盾屋さんだった。

 肩で息をする盾屋さんは剣を見るなり、

「剣!いますぐその服、脱いで!」

「は?」

 意味不明な要求をする盾屋さんに剣は冷酷な視線を向けた。盾屋さんには確かにエキセントリックなところがあるとは思っていたが、ついにここまで来るとは。

「いいから、早く‼」

「理由を説明しろ‼」

 剣の言葉を無視して、盾屋さんは剣の衣装に手をかけようとしている。もはや追いはぎといっても差し支えない。

 そんな二人の姿をどこか冷めた目で見つつ、そろそろ間に入ろうかとしたところで、ふと剣の動きが止まった。

「ええっと、剣大丈夫?」

 変なところを攻撃したのではないかと、盾屋さんが剣の様子をうかがう。

「剣、どうしたの?」

「脱いだ理由だ」

「は?」

 ぼくと盾屋さんの言葉がシンクロする。

「岸山の事件の話になるが、犯人には着ぐるみを覆面代わりに選択した理由があったはず。にも関わらず事件時には脱いだ。Xには自分の正体を露見することを承知の上で着ぐるみを――」

 そういって剣は顎に手を当て考え込む。そのままぶつぶつと呟きながら席に着いた。

「悪い。盾屋、少し集中する。衣装はあとで渡すから」

「え?ああ、そう。分かった。早いところちょうだいね」

 盾屋さんはあっさりと納得すると、他にもまだやることがあるのか教室を後にした。

 改めてぼくは剣へと向き直る。

 ポニーテールを一度解き、再度結びなおす。

 剣里音が集中するときのルーチンワーク。

 彼女はゆっくりと目を閉じた。

 再び剣が目を開くとき、その口から発せられるであろう言葉に期待をしつつ、愛川先輩から得た情報を確認する。事件が起きて五分後に友人と写真を撮っていた名波さん。事件時のアリバイがない河本くん。恭介先輩を嫉んでいる松林先輩。

 剣がこうやって考えこんでいるということは、手がかりは十分に揃っているということになる。

 剣の横顔を眺めながら、ぼくもなぜ、このような事件が起きたのかを考える。

 優に五分は経過しただろうか。剣はゆっくりと目をあけ、そしていった。

「トーマ。愛川を呼べ」

 いよいよ解決編だ。

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