二日目 ♧ー10

「は?」

 遅刻してきた恭介先輩が、生徒会室に到着して一番、最初にいった言葉がそれだった。

「お、お久しぶり。岸山」

 久しぶりの再会に天岳先輩も照れているのか、挨拶もどこかぎこちない。

「いやいやいやいや、俺も状況が掴めてねえんですが。――ちょっと、咲」

「何ですか、恭介先輩」

 先輩にブレザーの首元を掴まれると、そのまま教室の隅へと追いやられた。

「……咲。これはいったいどういうことだ」

「どういうことも何も。生徒会室に恭介先輩を尋ねてきたので、案内していただけです。他に生徒会のメンバーもいなかったので」

「俺は聞いてないが」

「でしょうね。天岳先輩。今日、突然行こうと決めたといってましたから」

 これは嘘だった。

「岸山。四葉くんよりも私と話そうよ」

 天岳先輩が頬杖をつきながら恭介先輩にそう呼びかける。

「俺はいま咲と話してるんです」

「去年までは天岳せんぱい、天岳せんぱいって、あんなになついてくれたのに。連れないなあ」

「天岳先輩は黙っててください」

「否定はしないんだ」

 ケラケラと笑う天岳先輩。一方で恭介先輩は羞恥のためか、顔を耳まで真っ赤に染め上げていた。

 ひとしきり天岳先輩が恭介先輩のことをからかったあと、恭介先輩は彼女と向かい合うように席に着いた。

「ところで岸山は何で遅刻したのさ」

「病院の方で検査してきました。何の問題もないそうでなんか損した気分です」

「損って」思わず突っ込む。

「冗談だよ」と、岸山先輩はつまらなさそうにいった。

「それで、天岳先輩は何の用で文化祭に?ただ遊びに来たってわけでもないでしょう」

「うん。愛川にも会えないかなと思って」

 ああ、そういうことですか、と恭介先輩は納得する。

「じゃあ、俺が連れてきますから先輩はここで待っていてください」

 天岳がうなずくと恭介先輩は生徒会室を後にした。

「四葉くんも悪いね。私たちに付き合って貰っちゃって」

「気にしないでください。やりたくてやってることですから」

「いい後輩を持ったよ、岸山は。あの子もあの子で自分を追い詰めがちだから」

 遠い目をしながら天岳は呟く。

「愛川も部活辞めちゃったって聞いてたから、どうなってるか心配してたけど。四葉くんみたいな後輩がいるなら安心だ」

 そういって、天岳はこちらに向き直ると、

「改めて、岸山のことを頼むよ」

 と肩を叩いた。

 それからほどなくして、恭介先輩は、愛川先輩を連れて生徒会室に戻ってきた。

 天岳先輩によると、二人に会うのは卒業以来とのことだった。積もる話もあるのだろう。三人は場所を変えることにしたらしい。部外者がこれ以上、関わるのは無粋でしかない。


※  ※  ※


 土曜日ということもあってか客数は間違いなく増加している。現に中庭の模擬店へと続く行列は校門近くにまで伸びている様子が、生徒会室からも確認できた。

「それにしても客数が多すぎないか」

 お天道様が真上に上るお昼時とはいえど、一高校の文化祭にしては如何せん人が並びすぎだ。桜紅葉祭とは、こんな大人気の文化祭だったのだろうか。

「そうですね。昨年、おれも客として参加しましたが、三倍は人がいるかと」

 俺の問いに、桐生は中庭を見下ろしながら答えた。

 そんなにかと答えるのは不自然な気がして、とりあえずため息をついてみる。

「だったら何が理由で今年はこんなに大勢の来場者が来てるんだろうね」

「これですね」

 桐生が見せてきたのは、五十嵐清が運営するSNSだった。たしか五十嵐はこのあたりで映画の撮影をしているのだったか。

 五十嵐はチョコレートの入った包みの写真を投稿していた。しかし、このチョコレートどこかで見覚えが。

「家庭科部が作った生チョコレートですね」

 その言葉で既視感の正体を理解する。

「ありがたいことに宣伝をしてくれたみたいです」

 続けて五十嵐の投稿を見ると、『午後からは演劇部による発表会も。俳優の卵たちの活躍に期待』とそんな発言が残されていた。

 ――これで舞台を中止するという選択肢もなくなったわけか。まったくありがたいことをしてくれる。

「ところで舞台の方はどうなったか、桐生は知ってる?」

「衣装についての目途が立っていないと、漆原がいっていました。何でも業者から替えの衣装を借りることができなかったとか――とはいえ、恭介先輩が戻って来てくれただけでも御の字でしょう」

「それはそうだけど。……衣装の問題の方はまだ解決できていないのか」

「漆原はどうにかすると意気込んでいましたが、何をするかまでは……」

 桐生がそう口にすると同時に、生徒会室の戸が勢いよく開かれた。現れたのは漆原だ。

「漆原さん。どうした?」

「あれ、四葉せんぱい。何でここに――」

 漆原が何かつぶやいたのもつかの間、気を取り直すように彼女は咳ばらいをすると、

「まあいいです。手伝ってほしいことがあるんですけど」

「それは当然構わないけれど、いったい何を」

 漆原は意気込んでいるのか、ふんすと鼻息荒くいった。

「衣装修復のお手伝いです」

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