二日目 ♤ー10
「現場検証と洒落こもうじゃないか」
ぼくたちは昨日、恭介先輩が襲われたという体育館放送室へと向かう。
盾屋さんに調査を続けても良いか許可を取ったところ、昨日と同じく宣伝用のプラカードを持っていくならば問題ないといわれた。
横を歩く剣は、ピンと伸びたウサギの着ぐるみの耳を抱きしめるようにかかえている。
それにしても。
先ほどから剣が何かいいたげに、せわしなくこちらをうかがう。
「どうしたの?」
「……いや、何でもない」
そう答える剣の瞳からは、野性的な印象は失われ、どこか頼りないものになっていた。
「何かいいたいことがあるなら正直にいってよ。剣のいうことならだいたい正しいんだから」
「そういうわけじゃないんだが」
どうやら事件についての話ではないらしい。
「トーマはいいのか?」
「何が」
「舞台。このままじゃ中止になるかもしれない」
「それはそれで仕方がないよ」
セットや衣装が破損し、怪我人も出ているのだ。
「……相変わらずそういうところはドライだよな」
呆れたようにため息をつく剣は、どこか残念そうにも見える。
「一応、打てる手は打ったよ」
不憫な彼女の姿を見ていられなくて、ぼくは口を開いた。
「脚本の変更。アリスがどこから登場しても問題ないシナリオを、昨日のうちに茜先生に送っておいた」
「それで成立するものなのか?」
「それで成立するようにしたんだよ。恭介先輩の代役はなんとかなると聞いたけれど、個人的には、衣装の問題が解決して、中盤までにはアリスに登場してほしいところだけど」
なにせ突貫工事のような作業だったのだ。できる限りつじつまを合わせ、もとの脚本とは差異がないように努めたものの、出来に関してはいささか難があるのも事実だ。
「それとぼくも一つ質問があるんだけど」
「何だよ」
「四葉くんからの頼み。何でぼくに相談してくれなかったのさ」
「トーマが忙しそうだったから」
「それだけ?」
それだけと剣はあっさりと答えた。
「いや、剣。ぼくはそんなの気にしなくていいって昔から何度も」
「じゃあ、オマエは夏休み中、暇だったのか?」
そういわれると弱るのはこちらの方だった。夏季補講に、舞台の脚本執筆と正直なところ地獄を見ていた。
「トーマの気持ちは嬉しいよ。だけど、少しはオレを信頼しろ」
「じゃあ、早速その信頼に基づいて一つ聞きたいんだけど。剣が最初から演劇部の人を疑ってた理由は何なの?」
「岸山を貶めることに利点がある人間が演劇部に多いからだ。トーマも昨日聞いたと思うが、着ぐるみの貸し出しについて、業者と学校の間でやり取りをしていたのが岸山だ。あんだけでかいものを失くしましたなんていった日には、岸山もそれなりに絞られることになる」
剣は大仰に肩を落とすと、
「要は嫌がらせだ。人を貶めるためなら、どんな手口だって使えるのが人間だからな。いくつになろうと関係がない」
小学校の時だってそうだったろと小さく呟いたのをぼくは聞き逃さなかった。
先ほど剣がいないタイミングで、愛川先輩から聞いた情報を共有しつつ、体育館へと向かう。
舞台を行うための準備を行っている演劇部を横目に、二人並ぶには狭すぎる階段を上り終え、いざ事件現場である放送室へと入る。
事件現場といっても、人が死んだわけでもないのでKEEP OUTと立入禁止のテープが貼られているわけではない。
しかし、祭りの空気とは隔絶されたこの場所は、妙に寒々しく実際の事件現場と差し支えないのかもしれなかった。もっとも、実際の殺人事件に遭遇したことなどないのだけど。
「こんな教室、初めて入ったな」
「ぼくもだよ。昨日事件が起きるまで、放送室がここにあるだなんて知りもしなかった」
とはいえ、知っている人は知っているのだろう。思いのほか教室内は綺麗に片付けられている。
「じゃあ、早速だが昨日の状況を再現してみるか」
ぼくたちが放送室を訪れた一番の理由だった。いまどき、現場百遍など流行らないだろうが、剣に限ってはその限りではない。
剣は着ぐるみの頭部をもって一度、放送室の外へ出る。
「まず事件当時、岸山は音響設備について確認していた。――トーマ、音響設備の前に立っていてくれ」
扉越しにくぐもった声が聞こえる。既に着ぐるみを被っていることもあってか、声は聞こえづらい。
剣の指示に従って、音響設備の前に立つ。このスイッチやらつまみがいったいどのような機能を持っているのか、ぱっと見、ぼくには判断がつかない。
「岸山が気付いた時には、ウサギは既に放送室の中に入っていた――」
そう剣が口にしたところで再現が止まった。
振り向いてみれば、着ぐるみを被った剣が身もだえしている。どうにもぴんと張ったウサギの耳が扉の上枠に突っかかっているようだ。剣は無理やり通り抜けようとするが、入れそうもない。
「やっぱり、ぼくがやろうか?ぼくの方が愛川先輩から詳しい状況は聞いてるし」
「……任せた」
そういって、剣が着ぐるみの頭を外すと、髪はぐちゃぐちゃに乱れていた。鳥の巣みたいだ。
そのことを指摘すると、剣は、放送室の入り口の壁に備え付けられた鏡で、自分の姿を確認する。鏡越しに顔をしかめたのが分かった。
剣はその苛立ちを発散しようとしたのか、着ぐるみの頭部をぼくに向かってサッカーのスローインのような形で投げつける。
唐突な剣の行動に思わず身構える。危なすぎるだろ。
しかし、着ぐるみの頭部はぼくのもとに届くことはなく、剣の手前に落ちた。
「いきなり何するんだよ」
「いや、ここから窓に届くかと思って」
説明もせずいきなり検証を始めないで欲しい。
ぼくは、着ぐるみの頭部を拾い、改めて中を確認する。
着ぐるみの中には、ヘルメットが備え付けられている。このヘルメットは、頭部がずれ落ちないようにするために存在するのだが、脱ぐ際に、いまの剣のように髪が必ず乱れるのが難点だった。
剣と場所を交代し、ぼくが着ぐるみを着用して、中断したところから事件の再現を再開する。
「仮に恭介先輩を襲った人物をXとしよう。――Xの存在に恭介先輩も最初は誰かの冗談だと思ったらしい。当然のことかもしれないけれど、まずは声をかけた」
しかし、Xはそれを無視して、恭介先輩へと近づく。
「その様子に嫌な予感を感じた恭介先輩は、警戒しながらXに近づいた。けれど、Xは突然、恭介先輩に掴みかかった」
頭の中の再現映像を現実にトレースする。
音響設備の前に立つ剣とタンゴを踊るような格好になった。
「取っ組み合いの結果、Xは先輩に向かって着ぐるみの頭部を投げつけた」
頭から着ぐるみを外し、剣に向かって投げるポーズをしてみせる。
「投げつけられた着ぐるみは開いていた窓からステージへと落下。恭介先輩は、着ぐるみをよけた時に横転して床に頭をぶつけた。その間に、Xは逃亡。あとはぼくたちも知ってのとおりだ」
放物線の軌跡を着ぐるみでなぞるように移動しながら、ぼくはそのまま窓の下を覗き込む。
ステージ上では、昨日の事件はなかったかのように、準備が行われていた。
よく誰も怪我をしなかったと思う。もし人にあたっていたらいまごろ大騒ぎだろう。
「こんな感じだけど疑問はある?」
振り返って剣に尋ねる。
「岸山はどうして助けを呼ばなかったんだ?ここは、放送室だぞ?手元の設備を使えば、館内に向けて助けを呼べるはずだ」
「操作方法が分からなかったって可能性は?」
「それはないだろ」
剣は放送機材を指さす。見てみれば、『話すときはここを押す!』と書かれたラベルがボタンの上に貼られていた。
「試してみるか」
剣はボタンを押すと「音声テスト中、音声テスト中」とマイクに向かって話す。
館内に剣の声が響き渡った。窓ガラス越しに館内で作業する生徒たちが一瞬、びくりと肩を震わせる姿が見えた。
もしかしたら、放送設備が壊れていたなんて可能性も考えていたが、それもないらしい。
「こうなったらXの正体についてダイイングメッセージでも残っていたら話は早いんだがな」
「恭介先輩は死んでないよ」
お互いにつまらない冗談を吐く。
「とはいえ、こうなったら岸山から直接話を聞いた方が早いんじゃねえか?殺人事件じゃないんだから」
「それはそうなんだけど。恭介先輩どうも病院で検査するみたいで、まだ学校に来ていないみたいだからね」
「冗談に決まってるだろ」
呆れたように剣はそういったあと、
「いいさ。今回はオレだけで答えを出してみせる」と、決意を新たにした。
「じゃあ、一度、教室に戻って考え直そうか」
剣はうなずくと、着ぐるみを抱える。
「トーマ、ここ汚したか?」
剣が指差した部分を見てみると、着ぐるみの首元、内側の白いウレタンの部分に、四つほど楕円のような茶色い汚れがあった。
よくよく見てみれば指紋らしき跡にも見える。でもなんでこんなものが?
「いや、ぼくじゃないと思うけれど」
汚れに触れると、少し指に移った。どうにも粉っぽい。
ポケットからティッシュを取り出し汚れをぬぐう。
ティッシュを捨てようと放送機材の横にあったごみ箱を覗くと、購買のパンが入っていたであろう袋と、星型のシールが貼られている手のひらサイズのビニールの包みが捨てられていた。
ごみを捨て、ぼくたちは体育館放送室を後にした。
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