二日目 ♧ー9
校門横に設置された仮設テントの下で、来場者にパンフレットを渡す。
その行為にもいい加減に飽きてきたところで、段ボールからパンフレットを取り出しながら、先ほど知り合ったばかりの高嶋がいった。
「四葉は生徒会長とかやっててだるくねえの?」
「……だるいこともあるよ。だけど、こういう仕事って、誰かがやらないとだからさ」
咲がいいそうなことを想像して答えた。
俺の答えに高嶋ははんと鼻を鳴らすと、
「なにそれ。別にお前がやる理由になってねえじゃん」と嘲るようにいった。
自分の考えが他人に肯定されることを信じていとわない態度だ。正直、得意なタイプの人間ではない。
高嶋としてはただの雑談のつもりだったのだろう。俺の返答がつまらなかったのか、再び、パンフレットを渡す作業に戻る。
来場者にパンフレットを渡す高嶋は、作業に没頭することで一刻も早くこの時間が終わるのを期待しているようにも見える。きっと文化祭自体に興味がないのだろう。
その姿を見ながら、俺は、先ほど彼が口にした「理由」という言葉について考えていた。
理由。
二日間にもわたって、知らない人間に囲まれて、雑事に揉まれてまで、四葉咲の代わりを務める理由。
それは果たして何だろうか。そもそも必死になってやることなのだろうか。
自問するが、答えは出てこない。
こういった問いに、明確な答えを出せるのは俺のような適当な奴ではなく、咲や剣といった能動的な人物なのかもしれなかった。
「どうした。四葉」
「ごめん、剣さん。愛川先輩のことで教えて欲しいことがあるんだけど」
「……いやにタイミングがいいな」
「どうした?」
「何でもない。具体的には何を聞きたいんだ?」
剣も電話をするために移動しているのか、声に混じって環境音が聞こえる。
「部活を辞めて以降の愛川先輩について聞きたくて」
「――別に構わないが、大した情報はないぞ」
そんな前置きのもと、剣が話したのは大して意外ともいえない内容だった。
「愛川が退部届を出したのは、天岳への義理立てもあってか、三年にあがってからのことらしい。実際には、文化祭の翌日から部活に顔は出さなくなっていたみたいだが」
天岳が部活を卒業したとて、学校を卒業するまでは五か月ほどある。校内で顔を合わせる機会がゼロでない以上、天岳が在学中の間、形だけ席を置いておくという愛川の判断は十分、理解できる。
「一応、岸山やいまの部長は説得したらしいが、顧問の許可もあってあっさり辞められたようだな」
茜先生が退部を許可したのは少々意外だった。昨日の夜、咲から聞いた愛川の活躍のことを考えると、教師側も少しは引き止めるものだと思ったからだ。
だが同時に咲は、茜先生は己にとって有益か無益かを冷静に見極める能力に長けている人物であるといっていた。
部活に来なくなった時点で、彼女は愛川のことを無益と判断したのかもしれない。
「問題は愛川の退部後だ。愛川が辞めると同時に何人か部活を辞めたみたいでな。それが部内で少し問題になったらしい」
「辞めた?」
「気持ちの問題だろうよ。愛川は部員たちの相談に乗ったりしていたから、それなりに人望もあったらしい。愛川が部活に来ない間も、一部の部員はいつかは帰ってくると信じて待っていたらしい」
「だけど、今年になって愛川先輩が本当に退部してしまった――」
「そういう奴からしてみれば、戻ってこないと分かれば辞めたくもなるだろ。それに、別の意味でも人気だったらしいからな」
「人気っていうと……」
「アイドル的な人気だよ。まあ、愛川目当てで部活にいた奴がそれだけいたって話だ」
そう聞くと愛川も随分と罪な男だ。
「……愛川先輩、付き合ってる人はいないのかな?」
これはただの下世話な興味だった。
「さあな、学校にいるって話は聞いたことがないが。ま、ああいうタイプは、案外、年上に食われてるんじゃないか」
品のない発言だった。
「あとはこれといって話すこともないな。つうか、こんな話をオレに振る時点で昨日の勘は外れか」
剣がぼそりと呟いた。
「僕が四葉咲じゃないって奴?いきなり突拍子もないこといいだしてびっくりしちゃったよ」
「お前が双子だって話を聞いたことがあったからな。結構自信があったんだが」
首元に冷たい汗が流れた。今後の人生で剣里音を敵に回すことがないよう、心に留めておくとしよう。
「四葉。最後にオレからも一ついいか?」
電話を切ろうとしたところで唐突に剣が切り出した。
「僕に答えられることなら」
「どうしてお前はこの件にそこまで固執する?」
さて、どう答えたものかと考えたところで、ここで突発的に稚気めいた悪戯心が湧いた。もしくは投げやりになっていたのかもしれない。
「さあな。咲に聞いてくれ」
一瞬の間があった後で、「やっぱ、おま――」と剣が驚いたような声をあげた。
それを無視するように電話を切った。
「あれ、四葉。さっき体育館に行くとかいってなかったっけ?」
ぼうっとしていた意識が現在に引き戻される。話しかけてきたのは、次の時間の来場者案内を担当すると話していた咲のクラスメイトだった。
「そんなこといったっけ」
とぼけてみせるとクラスメイトはおかしいなと首をかしげる。
「それよりも、引き継ぎお願い」
クラスメイトがおうよとガッツポーズをしたのを確認して、テントを離れる。
そろそろ待ち合わせの時間だ。
待ち合わせ場所は、体育館横にある駐輪場になっていた。
自転車がずらりと並んでいるその場所に、俺以外の人間は存在せず、どことなく寂しい気持ちになる。
校舎側から祭りの喧騒が聞こえるのも、物寂しさを際立たせる要素の一つになっている。
「……来たか」
寒さをこらえるため太ももを手の甲で擦っていると、こちらに向かってくる姿が遠目にも見えた。
格好は咲から貰った情報どおり、ベルトが印象的ななんとかスカート――正式名称は忘れた――間違いない、彼女が待ち合わせ相手だ。
「こんにちは」
「……本当に似てるんだね」
女性は驚いたようにこちらに一瞥を向ける。無理もない。俺が彼女の立場でも同じ反応をしただろうから。
俺はできるだけ気さくにその名を呼び掛ける。剣から退部後の愛川の情報を聞いたのも彼女との会話のネタにするためだった。
「はじめまして。
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