二日目 ♡ー9

 昇降口近くの自販機に赴くとそこには見知った顔がありました。

「里音ちゃん」

 里音ちゃんはこちらに気づくと手をひらひらと振ります。耳元からスマホを離したところを見ると、先ほどまで通話をしていたようです。

 アリス風の衣装にも関わらず、里音ちゃん本来のどこかダウナーな雰囲気と相まってどこか妙な色気を醸し出しています。これがいわゆるギャップ萌えという奴でしょうか。

「写真撮るか?」

「え?」

「昨日の朝、そんなこといってただろ。オレのコスプレが見たいとかなんとか」

 いわれてみれば、昨日、駅でそんな話をした気がします。

「なんか珍しいですね。里音ちゃんが自分からそういうことをいうだなんて」

「石波が落ち込んでいる方が珍しい」

 はたからすればそう見えるのでしょうか。どうも里音ちゃんは、わたしを気遣ってくれているようでした。

「そう、かな」

「顔色もあまりよくない。少し休憩していけ」

 おごるよといって、里音ちゃんはさっそく自販機にお金を投入します。わたしはホットの紅茶を、里音ちゃんはカフェオレを選びました。

 自販機横のベンチに腰掛けて、暖かい紅茶を口にすると、ようやく気持ちがやすらいだように感じます。

「……ありがとうございます。心配してくれて」

「別に大したことじゃない。オレがしたいようにしただけだ」

 そういって、微笑む里音ちゃんの顔はとても優しくて、思わずどきりとしてしまいます。いつも斜に構えた表情をしているからこそ差異が際立つというか。

「そういえば、補永くんは一緒じゃないんですか?」

「あいつは、いま教室で別のことをやっている」

 まあ、トーマなら愛川とも上手いことやるだろと里音ちゃんは呟きます。何のことでしょうか。

 それはさておき、よくよく考えてみると里音ちゃんと補永くんは、二人で一緒にいるイメージが強いので、こうして別々に行動していることが少し意外でした。

 ツーマンセルや一心同体というわけではないでしょうが、それに近いくらい仲の良い二人です。

 もしかしたら、わたしが鈍いだけで、あくあちゃんのいっていたとおり、二人はお付き合いしているのかもしれません。

「時に里音ちゃん。つかぬ事をお聞きしますが」

「何だよ。かしこまって」

「里音ちゃんと刀麻くんって、お付き合いしてるんですか?」

 わたしの問いに里音ちゃんがせき込みます。彼女の背をさすって、落ち着いたところで、里音ちゃんはまあ、そう思うのも仕方がないかといいました。

「別に恋愛関係じゃあねえよ」

「じゃあ、里音ちゃんは刀麻くんのことをどう思って」

 やけに押し気味に来るじゃねえかと、若干呆れ気味な里音ちゃん。

「まあ、トーマのことは好きだよ」

 おお。なんとも直球な。

「勘違いすんな。人として、だ。ラブ的な意味じゃあなくて敬愛だ」

 内心を見透かしたように、呆れたような口調で里音ちゃんはいいます。もしかしたら、有用なアドバイスが聞けると思ったのですが。

「だったら、里音ちゃんと刀麻くんはどういう関係なんですか」

「あれ、石波。知らなかったか?」

「わたし、この辺に引っ越してきたのって、中学に上がった頃だったから……」

 里音ちゃんはそうだったなと納得すると、

「説明すると長くなるんだが……」

 そう前置きして、里音ちゃんが語り始めたのは次のような話でした。

 里音ちゃんがお父さんの仕事の関係で越してきたのが、いまから、七年ほど前、小学校四年生の時のことだったそうです。

 里音ちゃんはハーフに金髪と目立つ外見のせいか、転校先の学校でいい意味でも悪い意味でもよく目立ったそうです。

「いじめ、ってほどでもないけど、外見について色々からかわれてな」

「先生やご両親には、相談しなかったんですか?」

「その時は、弟と妹がまだ小さくてさ。親に打ち明けるのもなんかためらっちまってな。教師経由で親にばれるのも嫌だったし。で、ある時、クラスメイトの教科書がなくなってな」

 教科書を盗まれた子は、里音ちゃんが転校してくるまではクラス内でリーダー的な立ちふるまいをよくしていた子だったそうです。その子は、里音ちゃんのことを敵視していたそうで、何の根拠もなく、里音ちゃんを犯人に仕立て上げてしまったとのことでした。

「つっても、オレには犯人が分かっていた。証拠も十分にそろっていたし、論理も破綻していなかった。犯人扱いされたその場で、説明を試みたんだが――まあ、小学生のガキに論理的な話なんて通じるわけねえからな」

 当時のクラスメイトはろくに話を聞かず、一方的に里音ちゃんを犯人扱いしてしまったそうです。

「あれは結構しんどかったな。とはいえ、その時に一人だけオレの話を聞いてくれた奴がいてな。そいつがトーマだった」

 ここで、ようやく補永くんの名前が出ました。

「補永くんって小学校の頃はどんな感じの子だったんですか?やっぱり、いまと同じように穏やかで頭が良さそうな――」

 わたしのことばに里音ちゃんが苦笑します。

「そんなことはない。いまの補永からは想像がつかないな。なにせ初めての会話が『オレは将来、名探偵になりたい。だから君の無実を証明させてくれないか?』だぞ」

「え。補永くんって、昔は自分のこと『オレ』っていってたんですか?」

 わたしがそう尋ねると、里音ちゃんは嬉しそうに笑って、

「そうなんだよ」と答えます。

「じゃあ、里音ちゃんが自分のことを『オレ』っていうのは」

「一種のおまじないみたいなもんだ。自分でない自分になれる。弱くて泣いてばかりいる『わたし』じゃなくて、強くて格好いい『オレ』として行動するための、な」

 どこか懐かしむように、里音ちゃんはいいました。

「まあ、その一件以来、トーマと仲良くなってな。それ以来、ずっとつるんでる」

 なるほど、そういう経緯があったわけですか。

「ところで教科書を盗んだ犯人は誰だったんですか?」

「教科書を盗まれた被害者の女子――要は自作自演だ」

「じゃあ、そのあと里音ちゃんは補永くんと協力して、事件の真相をみんなに伝えたんですね」

「いいや。結局、真相は伝えなかった。推理が間違ってなかったことが分かっただけで満足しちまってな」

「自分の無実を証明しなくて良かったんですか?」

「当時のトーマにも同じことをいわれたよ。だが犯人の女子も、親が離婚して色々余裕がなかったんだ。立ち位置が違うだけで、オレだってそいつと同じことをしたかもしれない。そう考えるとあんまり責める気になれなくてさ」

 そのあと、本人からの謝罪もあったしそれでチャラにしたよと、里音ちゃんは付け加えました。

「トーマは最後まで怒ってたけどな。あいつはああ見えても、正義感が強いやつだし。オレのスタイルが許せなかったんだろうよ」

 いまの里音ちゃんの言葉には、少し疑問に思うところがありました。

「怒ったんですか?補永くんが?」

「そうか、石波は知らないんだったな。トーマも昔は苛烈な奴でな。何ならオレにも怒ってたよ。『真相が分かったのに、それを公表しないなんてありえない』って」

「でも、里音ちゃんだって、犯人の女の子のことを考えて、真相を伏せたわけですよね。優しいじゃないですか」

「優しくなんてない」

 冷たい口調で、里音ちゃんはわたしの言葉を否定しました。

「優しいとか、オレの行動原理はそんな綺麗なモノじゃない。ただの自己保身。いや――」

 里音ちゃんは空を見上げます。

「どうしようもないほどの劣等感だ」

 劣等感。

 里音ちゃんらしくもない言葉に少しあっけにとられます。

「劣等感ですか?それはいったいどういう」

「自分に軸がないことに対して、だよ」

 どこか自嘲するように、里音ちゃんはいいました。

「オレはトーマみたいに明確な軸みたいなものがない。小学校の頃だって、真相が分かっただけで満足しちまった自分と違って、あいつはオレの汚名を晴らそうと努力してくれていたよ」

 そう語る里音ちゃんの横顔はどこか寂しげでした。

「トーマの場合は、自分の正義を信じているというべきなんだろうな。自分から事件に突っ込んでいって、解決しようとして見せる。そんなあいつの言動を見ていると、自分がいかに空っぽで、価値のない人間なのかを思い知らされてさ」

 里音ちゃんがここまで自身の内面について話してくれるのは、初めてのことでした。

 いつも冷静に様々な問題ごとに立ち向かう里音ちゃんが、まさか自分のことをそう、とらえていたとは。

「そう考えると、いつかトーマがのことを見限るんじゃないかって不安になるんだよ。だからこそ、今回の事件はわたし自身の手で解決しようと思ってたんだが……」

 消え入りそうな声で里音ちゃんはそういいました。その表情や声のトーンからいまの言葉が嘘ではないということが痛いほどに分かります。

「ま、こんな話はもういいだろ。そろそろ――」

「それをいうなら、わたしだって軸なんてものはないよ。自分の気持ちも信じられずに、周りに合わせてばっかで」

 里音ちゃんの言葉を遮るように、そんな言葉が口から洩れます。普段の自分からは考えられないことです。

 けれど、いまのわたしには思いの内を素直に語ることができました。

「だけどさ。そうやって悩んで考え込んじゃうのだって、結局は自分自身なんだよ」

 里音ちゃんはただ黙って、わたしの言葉に耳を傾けています。

「確かに、補永くんみたいに立派な軸じゃないかもしれない。どんなに情けなくても格好良くなくても、それが自分の軸なんだよ」

 わたしはそこで一度言葉を区切って、里音ちゃんを見つめます。

「でもさ、里音ちゃん。だからって、自分を否定しないであげてよ。里音ちゃんはさっき否定したけれど、小学校の時にクラスに真相を告げなかったのだって、里音ちゃんが自分自身で考えたうえでの行動でしょ?きっと、補永くんも里音ちゃんのそういうところが好きなんじゃないかな」

「そういうもんなのかね」

 そっけない口調で答える里音ちゃんですが、その表情はどこか照れくさそうです。

「そうだよ」

 里音ちゃんはしばらく考え込むようにうつむきます。

 その姿が友人とだぶりました。

「里音ちゃんと結愛ちゃんって、なんだか似てるね」

 思わずこぼれた独りごとに、里音ちゃんは少し首をかしげます。

「なんていうのかな。自分に厳しいところとか、責任感があるところが同じだなって」

「……そういえば、豊倉にも前、同じようなことをいわれたよ」

 やっぱり、みな似たようなことを考えるようです。

「悪い。なんだかオレの方が愚痴ったみたいになっちまった」

 里音ちゃんは頬をかきます。

「里音ちゃんの一面も知れて良かったよ。それに、自分のことを考え直すきっかけにもなったし」

 そうです。

 きっとわたしは、結愛ちゃんにいまのような話を伝えたかったのでしょう。

 それができなかったのは、きっと怖かったから。

 なんて、これでは里音ちゃんのことをいえません。

「しまった。教室に愛川を待たせてるんだった」

 里音ちゃんは慌てた様子で校舎へと戻りました。

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