二日目 ♧ー8

 私立桜日高等学校第二十二回文化祭。通称桜紅葉祭の二日目は、予定どおりに開催された。

 二日目である本日は一般公開日となっており、校外からも多くの来場者がある。

 一般公開という名が指し示すとおり、本来なら俺も一般来場者として、正々堂々胸を張って、何の憂いもなく桜日高等学校に訪れることができるはずだった。

 問題があるとすればたった一つ。

「せんぱい、おはよーございます」

「おはようございます。四葉先輩」

 昨日と同じく、四葉咲として校内に入ったことだけだ。

「……おはよう」

 桐生と漆原。どころか生徒会の人間は、一日経っても俺が咲でないことに気づかなかった。

 これまでに行った入れ替わりは、長くても半日。二日間にも渡って入れ替わりを行うというのは、今回が初めてだった。

 どうしてこうなったのか。改めて考えなおしたくもなるが、仕方がない。咲の話を聞いて、最後まで乗ると決めたのは俺自身なのだ。ここまで来たらこの文化祭の行く末を見届ける必要がある。

「四葉せんぱい、今日はクラスTシャツ着てるんですね」

「うん。折角だから着た方がいいかなって」

 黒を基調とした二年二組のクラスTシャツは、デザインが某スポーツブランドのパロディとなっており普段使いがしやすいものとなっている。

「ですが、流石に今日はクラスTシャツ一枚じゃ寒くないですか?」

「……正直寒い」

 桐生のいうとおりだった。

 やんどころなき事情により、いまはブレザーを持っていない。正直なことをいえばこのまま温かい生徒会室でいつまでも油を売っていたいところだ。

 窓から中庭を眺める。中庭では火を取り扱う模擬店が立ち並び、既に幾つか列を作っている店もある。

「それにしてもかなり来場者が多くないか?」

「なんかこの辺で朝早くから映画の撮影しているみたいですよ。それで飽きた野次馬がこっちに流れているみたいです」

 漆原がスマホの操作を行う。

「ほら、五十嵐清が来ているみたいです。SNSに写真がのっかってます」

 漆原のスマホの画面には、ファンとの写真撮影に応じている五十嵐清が表示されていた。確かにこの辺りで撮られたものだ。

 五十嵐清といえば、つい先日、一般人との再婚と共にパートナーの第一子の妊娠が大々的に報じられたベテラン俳優だ。

 女性人気が高い俳優だから、結婚報告により人気が下がったかと思っていたものの、そんなことはないらしい。

「今年は例年よりも多くの方が、桜紅葉祭に訪れるかもしれませんね」

「……そうなると、来場者案内は早めにやりだした方がいいかもね。いまの時間、案内を担当しているのは――」

「きょーすけせんぱい、ですね」

 漆原の言葉に、生徒会室の面々が沈黙する。

「せんぱい、大丈夫なんですかね」

「昨日の夜、恭介先輩に連絡を入れた。今日病院に寄って、問題がなければ、学校に来るそうだ」

 漆原の呟きに桐生が返す。教室全体がほっとため息をついたように思えた。

「でも、それまで誰か代わりが必要なんじゃ」

「分かった。恭介先輩に代わって仕事してくるよ」

 俺の言葉に、桐生と漆原がうなずいたのを確認して、生徒会室を後にする。

 時刻を確認するため、腕時計を確認する。

 待ち合わせまではあと一時間。とりあえずいまは、来場者案内のために校門へと向かわねばならない。

 そんなことを考えていると、

「おはよう。四葉くん」

 肩にまでかかる長い黒髪にスーツ姿。声の主は茜先生だった。

「おはようございます」

 スマホをポケットにしまい、茜先生を改めて見やると、先生はどこか憔悴しているようにも見えた。それも仕方のないことだろう。小道具や衣装が破損し、生徒が一人怪我をしているのだ。その対処に追われているとなれば、元気溌剌とはいかないだろう。

「昨日は、色々と申し訳なかったです」

「別に僕は何もしていません。ただ石波さんと一緒に手伝っただけで、」

 そういいかけたところで、先生は片手を前に出した。

「四葉くん。君自身はそうは思っていないのかもしれないけれど、人のために動けるというのはそれだけで何事にも代えがたい美徳だよ。感謝します」

 ありがとうといって茜先生は頭を下げる。

「ちょっと、やめてくださいよ」

 年上の女性。かつ教師から頭を下げられるというのは気持ちのいいものではない。ただただ余計な後ろめたさを抱くだけだ。

「それより衣装の方は大丈夫なんですか?」

 ようやく茜先生が頭を上げたのを見計らって、そう尋ねると、

「……いま、業者の方に確認してもらっている最中で」

 だが、代わりの衣装を用意するのは少々厳しそうと、先生は付け加えた。

「何か僕に手伝えることはありますか?」

「気持ちはありがたいけれど、これ以上、部活の関係者でもない人の手を煩わせるわけにもいかないかな」

 つまり、部外者にできることはないということなのだろう。

「どうしても手伝いたいというのなら、岸山の分まで生徒会の仕事をしてくれると助かる。岸山もいくつか、仕事を残しているだろうから」

 俺の内心を悟ったかのように、先生はいう。

「分かりました」

「四葉くんもあまり根を詰めすぎないようにね。君のおかげで実現した舞台だから。なんとかできるように、私もできる限り尽力します」

 そういって茜先生は、職員室の方へと向かった。

 わざわざ俺にそう伝えるためだけに生徒会室に訪れたのだろう。義理固い人だ。

 とはいえ。

「――真の部外者は俺なんだよな」

 茜先生の言葉は、本来、咲に与えられるべきものだ。決して四葉成に与えられるものではない。

 せめて俺の口で、真の功労者を労ってやることにしよう。

 そう決意し、気を取り直して、校門がある方へと足を進めながら、咲から借りたスマホを取り出す。

 さて。来場者案内を行う前に一つ確認しておきたいことがあった。

 事情を知る人物に電話を発信すると、数コールもしないうちにその人物は電話口に出た。

「どうした。四葉」

「ごめん、剣さん。愛川先輩のことで教えて欲しいことがあるんだけど」

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