二日目 ♡-8

 狩人のような鋭い眼光を持つ少女だった。

 黄金に輝く金色の髪が、さながらライオンのたてがみであるかのよう。

 そんな特徴的な外見を持つ剣里音のことは、学内で幾度となく見かけたものの、言葉を交わすのは、これが初めてだった。

 補永たちとの話し合いは、二年三組の模擬店内で行われることになった。

「えっと、君たちのクラスは不思議の国のアリスがテーマなんじゃ……」

 店内をあわただしく移動するメイド服や、軍服、巫女、普段着としか思えないパーカー姿の生徒に困惑していると、

「どっかの部活が衣装をかっぱらったせいで、業者から借りられなかったんですよ。実質、コスプレ喫茶です」

 嫌味たらしく剣はいう。そういう彼女の格好が、一番アリスらしいというのがなんとも皮肉だ。

「ちょっと、剣。失礼だろう」

 補永が剣にそう耳打ちする。残念ながら丸聞こえだ。

「それは悪いことをした。演劇部はプライドが高いやつが多くてね。迷惑をかけただろう」

 僕が謝罪すると、そのことが意外だったのか、剣はそれ以上、何もいうことはなかった。

 二人に案内されるがまま、席に着く。何も頼まないというのも礼儀がよくないように思えて、コーヒーを一つ注文してから僕は本題へと入る。

「岸山が怪我をした理由を一緒に調べてくれないか」

「昨日、岸山先輩は、舞台裏で怪我をされたと噂に聞きましたが。先輩には悪いですけど、ただの事故ではないんですか」

 平坦な口調で剣はいう。なるほど、彼女たちはそこまでの情報しか知らないらしい。

「これを見てくれないかな」

 僕はブレザーから淡い青色の便箋を取り出す。封の役割を果たしているウサギのシールが印象的なそれの中身は、岸山に対する脅迫だった。

「えっとこれは」

「脅迫状だ」

 その瞬間、剣の眉がぴくりと動いた。

「端的にいおう。岸山は誰かに襲われた」

 とりあえずは読んでくれと、二人に脅迫状を渡す。

 脅迫状の内容に補永と剣の表情が険しくなった。

「……愛川先輩。これはどこで?」

 補永が脅迫状を指さす。

「演劇部の奴から相談を受けたんだ。その時に」

 相談主が豊倉であることは伏せておく。彼女の不利益になることは避けたかった。

「相談を受けたのはいつです」と、剣。

「昨日の朝、部長会の準備をしている時に、な」

 これ以上、ぼろが出る前に話題を変えたいと思っていたところで、

「でも、何でぼくたちにこの話を?」と、補永が困惑したように尋ねる。確かに補永の立場から考えてみれば、その疑問はもっともだろう。昨日とは真逆だ。

「僕は、君たちのクラスから着ぐるみを盗んだ犯人と、岸山を襲った犯人は同一人物ではないかと考えている」

「それは随分と飛躍した発想でしょう。正直オレたちのクラスに関係があるとは思えません」

 どこか嘲るように剣はいう。

「岸山は昨日『ウサギに襲われた』といっていた」

 一気呵成いっきかせいに僕は言葉を続ける。

「僕が考えるに昨日、岸山は体育館放送室でウサギの着ぐるみを被った人物に襲われた。それでもみ合いになったのだろう。争っている最中に、着ぐるみの頭部が体育館放送室から落下した」

「……いまの話、証拠はあるんですか」

「岸山本人から、事情を確認した」

 剣のまばたきが増えた。

「少しでも犯人に至るための手がかりが欲しいんだ。一緒に調べてくれとまではいえない。着ぐるみを盗んだ人間についての情報を教えてくれると助かるんだが」

 僕がそう尋ねると、補永は困ったように額を抑えていた。

「……何かいえない事情があるのか?」

 そうなるとこちらも深く追求はできない。そう思っていると、

「いえ、そういう訳ではないんです。ただ、愛川先輩の考えとぼくたちの考えが少し異なるというか……」

 何とも煮え切らない態度をとる補永。

「別に、僕自身、先ほど話した考えに絶対の自信があるわけではない。違うところがあったら指摘してくれた方が独りよがりにならずに済む」

「……分かりました」

 ただ、ぼくたちの出した結論は、愛川先輩にとって望ましいものではないかもしれません。

 そういって補永は、着ぐるみ行方不明事件の顛末を語りだした。

 

「……岸山が着ぐるみを盗んだ、か」

 補永の話には少なからず衝撃があった。これでは話が振り出しに戻ってしまったではないか。

「ですが、まだ分かりませんよ」

 取りつくろうように、答える補永。

「というと?」

「共犯の可能性が残っているとは考えられませんか?」

「――共犯というのは着ぐるみを盗んだ犯人が、岸山以外にもいるということか」

 そうですと補永はうなずく。

「恭介先輩の怪我は、共犯者の仲間割れによって起きたとも考えられます」

 もっともその場合、脅迫状が書かれた意味が分かりませんけどねと、補永は付け加える。

「……ところで先輩には、脅迫状を書いた人間に心当たりが?」

 ようやく剣も口を開く。どことなく怒気がこもったその口調は目つきもあいまって、なんだか尋問されているような気分になる。

「……残念ながらない。部活からも一年離れていたから余計に」

 僕の答えが想定どおりだったのか、剣はつまらなそうにうなずく。一方で、補永は少し首をかしげていた。

「それと――」

 剣が口を開きかけた瞬間、彼女の携帯端末が振動した。規則正しく振動を続けていることからどうも電話らしい。剣は幾度か電話先の相手とやり取りをすると、

「すみません。少し出ます」

 そういって剣は教室を出た。

 補永と二人、剣の帰りを待つものの中々帰ってこない。

 さて、残された我々はどうしたものかと考えていると、

「とりあえず、この件ぼくたちも調べてみます」

「――いいのか?頼んでおいてなんだがそこまでする義理は君たちにはないだろう」

「ぼくもこの事件には少し気がかりな点がありまして」

 それにと、補永は少し苦笑して、

「もう、剣は乗り気だと思いますよ。愛川先輩が放っておいても解決に動くでしょう」

 といった。先ほどの彼女の態度からはそうは見えなかったのだが。

「これは個人的な興味なんですけど」と、補永が唐突に切り出した。

「どうした?」

「愛川先輩が、事件を解決しようと思う理由は何ですか?」

 そう僕に尋ねる補永の表情は心なしか、曇っているように見えた。

「……どうしてそんなことが気になるのかな」

「この件、愛川先輩は部外者ともいえる立場のはずです。関わらないこともできたはずかと」

 なるほど。補永は、いまの僕の姿がイメージと異なっているといいたいらしい。

「今回の件には少なからず責任を感じているから」

「責任、ですか?」

 それはいったい何の、と補永は続ける。

「世話になった人に対して、だよ」

 答えをはぐらかされたとでも思ったのか、補永はそうですか、と愛想笑いを浮かべるのだった。

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