二日目
二日目 ♤ー8
十月十六日。土曜日。桜紅葉祭は二日目の一般公開日を迎えた。午前九時の開場に合わせ、老若男女問わず多くの人が来場している。
校内には客引きの声が溢れ、昨日に比べても、その盛り上がりはより一層増していた。
「結局、店番か」
隣に座る剣は、ぼくにだけ聞こえるよう、不満の言葉をはく。
今日のぼくたちの当番は、来場者整理。現に教室の前にも幾人か並んでいる。まさか、コンセプトの崩壊しているカフェに、こんなにも客が来るとは考えていなかったのか、教室内で支給を行うクラスメイトは、かなり忙しそうだった。
「……着ぐるみも見つかったからね」
あくびをこらえながら、ぼくは答えた。
流石に二日目ともなると、剣も文句をいうことなく、盾屋さんにいわれるがままの衣装に着替えていた。
ちなみに、今日の剣の衣装は、青を基調としたエプロンドレス風のワンピースだった。まあ、不思議の国のアリスのコンセプトからは外れていない。
「見つかったには見つかったが……。腑に落ちない点が多すぎる」
「気持ちは分かるけどね」
あの後。
体育倉庫に足を踏み入れようとしたその時、ステージの方からドスンと衝撃音がした。
「何の音?」
盾屋さんが疑問の声をあげる。
「見に行ってみましょうか」
漆原さんの言葉に全員が同意する。
ぼくたちが体育倉庫を出ると同時に、体育館放送室に続く階段を一人の男子生徒が駆けのぼっていく姿が見えた。
あの後ろ姿はたぶん愛川先輩だ。
ステージとは逆方向に向かった愛川先輩のことは若干気がかりではあるものの、いまはステージの方へ向かうことを優先する。
とりあえずは、上手側の控えスペースからステージへ向かおうとするも、演劇部の部員たちが倒れたセットを直していたために、通ることができなかった。
仕方なくぼくたちは一度、アリーナ側に出ることを決める。
アリーナへと続くドアを開けると、館内は騒然としていた。
「なんでこんなに騒がしいんだ」
剣が眉間にしわを寄せる。
「まずは、何が起きたか確認しよう」
ぼくたちは群衆をかき分けるようにして、騒ぎの中心地であるステージへと向かう。
ステージ前に到着し、舞台上に転がっている場違いなそれを視界に認めた瞬間、
「ちょっと、なんでこんなところにあんの⁉」と、盾屋さんが声をあげた。
彼女がそういうのももっともだろう。ぼくも声こそあげなかったが、考えていることは同じだった。
ウサギの着ぐるみ。その頭部。
ぼくたちが今日一日をかけて探していた、そのものだった。
思わず剣の方を見る。彼女もまた、呆然とした様子で着ぐるみを見つめていた。
「すみません。いまステージで何が起きたんですか?」
近くにいた男子生徒にそう尋ねると、
「どうも、体育館の二階から、あの着ぐるみが落ちてきたみたいです。それで小道具が壊れたとか」
彼のいうとおり、ステージ上には、ティーカップの破片が散らばっていた。
「――それで、剣はどういった点が腑に落ちなかったのかな?」
客足が落ち着いたところで、剣に尋ねる。彼女はそうだなと前置きをしてから、
「着ぐるみを盗んだ奴の目的が、舞台に着ぐるみの頭を落とし、セットを破壊することだったと考えよう。
犯人は演劇部に何らかの恨みがあって、部に対して危害を加えるために、セットを破壊したかった。それは分かる。
だが、セットを破壊するための手段として、着ぐるみを選んだ理由は何だ?」
「……なるほど。セットを破壊するのが目的ならば、他にいくらでも方法があるだろうね」
考えてみれば、リハーサルの最中というタイミングで、セットを破壊したのも不可解だ。セットを破壊することが目的であるとしたら、文化祭の準備期間中でも構わないはずだ。
「それに、わざわざあんなクソ重い着ぐるみを盗んでまでやるのは、非効率すぎるだろ」
「でも裏を返せば、重い着ぐるみを使う必要があったということにはならないかな?」
「……だろうな。その理由までは現段階では分からないが」
投げやりな口調でそういう剣。どうやらぼくに考えろといいたいらしい。
適当にうなずいて、脳内の検討リストにメモする。
「でも、珍しいね。剣が終わった事件の話をするだなんて」
腑に落ちない点があるとしても、着ぐるみはすでに発見された。剣がこのように終わった話を持ち出すのは、小学校以来の付き合いの身からすると珍しいケースのように思えた。
「……終わってなんかない」
「え、なんて?」
「なんでもない」
憮然とした態度で剣は答えた。
そんなこんなで、何事もなくぼくたちのシフトが終わろうとした、そんな時だった。
「補永くんだったよね」
いつの間にかぼくたちの前に立っていたのは、憂い気な瞳をした、どことなくはかない印象を覚える青年。
元演劇部部長、愛川総司先輩だった。
「着ぐるみの方は、あの後大丈夫だった?」
あの後、というのは恭介先輩が怪我をした後ということだろう。
「回収はしましたが、物が物なので……。今日は使ってません」
凶器――というのもこの場合、変ないい方だけれど――を使って出し物をしようというのはさすがに不謹慎なのではないかという会話を昨日、盾屋さんと行った。
「それで先輩は何の用ですか?」
不機嫌な態度を隠すことなく愛川先輩に尋ねる剣。
「君たちに頼みたいことがある」
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