一日目 ♢ー7

 美化委員会の仕事は、体育館周辺のごみ拾いでした。

 やはり祭は人の気を緩めるのでしょうか。普段の学校生活では考えられないほど、ごみが落ちています。すべてがすべてポイ捨てというわけではないでしょうけれど。

 ごみをトングで拾い、ごみ袋の中に入れていきます。

 なんとなしに体育館を見やると、開け放された北口からリハーサルの様子を撮影するために、放送部が大型のカメラを構えている姿が見えました。

 ステージの方を伺うと主役を務める結愛ちゃんを中心に着々とリハーサルが進んでいるようでした。

 遠目から見ても分かる、結愛ちゃんのオーラ。さながら彼女を中心にして世界が進んでいるかのよう。

 そんな風に友人のことを見てしまう自分が嫌になって、北口を離れました。


 好きな人ができたかもしれないと、結愛ちゃんが教えてくれたのは、夏休みが明けてすぐのことでした。

「え、誰?」

 あくあちゃんの焼きそばパンを食べる手が止まります。昼休み。教室で、わたしとあくあちゃん、そして結愛ちゃんの三人で昼食を取りながらのことでした。

「あくあちゃん、もうちょっと聞き方があると思うんだけど……。結愛ちゃんもいいたくなかったら、いう必要ないからね?」

 わたしの言葉に、結愛ちゃんは「どうせ、あくあにはすぐばれるだろうし」と、弁当箱の上に箸をおいて答えます。

「夏休みにさ。部活で一緒にいる機会が多くて。ほら、私部長だから」

「じゃあ部活の人か。前にいってた愛川先輩?」

「……総司くんとはそういう関係じゃないから。そもそも部活――とは少し違うような」

 結愛ちゃんの言葉に引っかかりを感じます。

「部活の人じゃないの?もしかしてOBとか?」

 なんだよ、だいやちゃんも気になってるじゃんかとあくあちゃんが肘で軽く小突いてきます。

「いや、OBじゃなくて学校の人。生徒会の人だよ」

「生徒会の人が演劇部と何の関係があるのさ」

「パイプ役かな。今年の舞台、小説家が脚本を書いてくれて。演劇部と作家さんの橋渡しを生徒会の人がやってくれてるの」

 そういうことねとあくあちゃんが興味なさげにうなずきます。

「それで、結愛ちゃんはその人のどういうところが気になったの?」

 それ聞く?と苦笑しながらも、結愛ちゃんは楽しそうに口を動かします。

「一言でいうと真摯なところかな」

「紳士?」

 それも合っている気がすると結愛ちゃんはうなずきます。

「文化祭の予算について確認をした時に、演劇部の提出書類にミスがあったんだけどさ。私、部長になったばかりで、どこがどう間違ってるか分からなかったんだ」

「結愛でもわからないことがあるんだ」

「そんなこといっぱいあるよ。――それで、その時に、一緒に書類を見直してくれた人がいて」

 はあと、あくあちゃんは昼食を食べる作業を再開します。

「すごく一生懸命仕事してるなって思った。私のミスも嫌な顔一つせず、丁寧に説明してくれたし。その時の声が優しくて――ってあくあ聞いてる?」

「うん聞いてるー」

 適当に相槌を返すあくあちゃんを見て、これ以上話しても意味がないと思ったのか、結愛ちゃんは呆れたようにため息をつきました。


「でも、珍しいね。だいやが人のこういう話を聞きたがるって」

 あくあちゃんが、出し忘れていた課題を提出するために席を外したところで、結愛ちゃんがそう切り出しました。

「そうかな。わりあい、わたしも恋バナは好きだし」

「でも、だいやはあまり深く聞かないじゃない。何か気になるところでもあった?」

 その問いに少し考えてから答えます。

「自分でもうまくいえないんだけど、何だろう、安心したんだよね」

 なにそれと結愛ちゃんが笑います。

「意味わからない。どういうこと?」

「結愛ちゃんってさ、しっかりしてるじゃん。人に頼らなくても生きていけそうなイメージがあったというか」

「流石にそれはいい過ぎ」

 照れくさそうに、結愛ちゃんは自身の髪先をいじります。

「だから、本当に困ったときに誰かを頼れないんじゃないかって思ってたの」

 結愛ちゃんは不可解そうに首をかしげます。

「そんなこと考えたこともなかったな。自分一人で何とかなるならそれに越したことはないと思うし」

「だからこそ、結愛ちゃんが心の底から頼れるような人がいることが素敵だって思うからさ。応援するよ」

 ありがとうと、結愛ちゃんは目を伏せます。

 そうこうしているうちに、歯磨きを終えたあくあちゃんが教室に戻ってきました。

「そういえば結愛の好きな人、誰か聞いてない」

 自分の席につくなり、あくあちゃんがいい放ちます。

「だから、あくあちゃん。聞くにしたってもう少しいいかたがあるんじゃ……」

 再度あくあちゃんを注意したところで、結愛ちゃんが小さく口を開きます。

「――あ、ちょうどいた。あの人」

 そういって結愛ちゃんは廊下を小さく指差します。

 その相手を見た瞬間、自身の心臓が鼓動を速めたのを感じます。

 なぜなら。

 なぜなら彼はどこからどうみても咲くんだったのですから。


 集めたごみを袋にひとまとめにして、ごみ捨て場へと向かいます。

 ごみ捨て場は、体育館の裏口の近くにあります。

 ごみ捨て場には、現に美化委員会の生徒が、各々両手にごみ袋を抱えて、列を作っていました。わたしもその列の後ろに加わります。

 しばらく並んでいると順番が来ました。係の人にごみ袋を渡したところで、体育館の裏口から、同じクラスの名波さんが出てくる姿が目に入りました。

 声をかけようか迷っていると、わたしよりも先に名波さんに声をかける人がいました。

「すみません。演劇部の先生ってどこにいるか分かりますか?」

 咲くんでした。

 名波さんが、体育館を指差すと、咲くんはお礼をいって、そのまま裏口から館内へと入っていきました。

 一方、名波さんはそのまま、校舎の方へと歩いていきます。何となく話しかけるタイミングを失ってしまいました。

 ところで、咲くんは結愛ちゃんに何か用事でもあるのでしょうか?

 しかし、そうだとしたら、演劇部の先生――茜先生の居場所を聞くのも変な話です。

 気にはなりますが直接尋ねるのも少し、はばかられます。

 そんなことをぼうっと考えていたその時、唐突に体育館が騒がしくなりました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る