一日目 ♤ー7

「それじゃあ。そろそろ情報を整理しようか」

 教室に戻ってきたぼくと剣、そして盾屋さんはテーブルを囲むように座る。作戦会議といった様子で悪くない。

 時刻はもうまもなく三時になろうとしている。一応、まだ模擬店の営業時間中ではあるのだが、営業終了まで残り数分ということもあってか、教室にはクラスメイトしかいなかった。

「正直よくわかんなくなってんだよね」

「じゃあまずは、昨日のタイムテーブルから確認しようか」

 ぼくは鞄からルーズリーフを取り出し、タイムテーブルを次のようにまとめた。


 十月十四日

   午後六時 三十分 

      盾屋が教室を施錠。着ぐるみがあることを確認。

   午後七時     

      岸山が二年三組の施錠を確認。

   午後七時 十五分 

      岸山が二年部の鍵を返却。(教頭が目撃?)

   午後七時三十五分 

      北見が着ぐるみの頭をかぶった人間(男子生徒?)を目撃。

   午後七時四十五分 

      松林が体育館横の水道で着ぐるみをかぶった人間を目撃。

   午後八時     

      完全下校時刻。

      岸山が鍵(体育館放送室)を返却しているところを茜先生が目撃。

   午後九時     

      以降、警備システムが作動。

      翌日午前六時まで校内に侵入することは不可能。

 

十月十五日

   午前七時    

      盾屋が教室から着ぐるみがなくなっていることを確認。


「敬称は略させてもらったよ」

「こうやってまとめると結構シンプルだな」

 タイムテーブルをルーズリーフに書き起こすと、剣はそんな感想を述べた。

「単純に考えて犯行が行われたのは、盾屋さんが教室の鍵をしめた午後六時三十分から、北見さんが着ぐるみを被った人間を目撃した、午後七時三十五分の間ってことになるね」

「でも、その時間にウチのクラスに入るのは無理でしょ?鍵の問題があるし」

 ここは貸出名簿があった方が話が進むだろう。ぼくはそう判断し、スマホのアルバムから貸出名簿を表示させる。


 十月十四日 返却 二年三組       盾屋

       貸出 被服室        窓野

       返却 二年部教室(予備)  岸山

       返却 被服室        窓野

       返却 二年四組       水嶋

       返却 体育館放送室     岸山

 十月十五日 貸出 一年五組       米沢

       貸出 生徒会室       

          体育館(予備)    西

       貸出 二年三組       盾屋

       貸出 被服室        窓野

       返却 音楽室        愛川

       返却 体育館(予備)    漆原


「あたしが鍵を返したあと、犯人が黙って鍵を持ち出したとか?」

「茜がいってただろ。昨日の放課後、職員室には教頭がいたと。キーボックスの位置的にそれは無理だ」

「それじゃあ、こっそり持ち出すのは無理か」

 自分で納得する盾屋さん。

「でも、みんなの証言からすると、着ぐるみを教室から持ち出す方法がないじゃん。あたしのあとに、三組の教室を借りた人がいない。恭介先輩も鍵を返してるから、着ぐるみを持ち出すのは、やっぱり不可能なんじゃないの?」

 手詰まりねと、盾屋さんは大袈裟なため息をつきながら机に突っ伏す。

 そんな盾屋さんの頭を剣はパンフレットで小突いた。

「不可能と断じるのは早すぎるだろ」

 なんでお前は馬鹿正直なんだよ、と盾屋さんに向かって呆れたように剣は呟く。

「盾屋、トーマ。二人は貸出名簿を見て、何か変だと思わなかったか?」

「そんな変なところはないと思うけれど」

 盾屋さんもぼくに同調するようにうなずく。

 剣は信じられないといった様子でぼくたちを見たあと、

「オレが気になったのはここだ」と、貸出名簿を指さす。

「……恭介先輩の項目?」

「どういうことよ、剣」

「岸山は、わざわざ二回に分けて鍵を返している。どう考えても変だろ」

「忘れ物したからなんじゃないの?茜先生もいってたじゃん」

 反論する盾屋さん。しかし、その程度の反論は剣も分かっていたようで、

「岸山が忘れ物に気づいたタイミングが何時かまでは分からないが――二年部教室の鍵を返した段階で、体育館放送室の鍵も同時に返さないか?

 オレが岸山の立場だった場合、貸出名簿はこう書くことになると思うんだが」

 剣は、ぼくの手からシャープペンシルを奪い取ると、ルーズリーフの空いたスペースに次のように記した。

 

 返却 体育館放送室

    二年部教室(予備) 岸山

 返却 被服室       窓野

 貸出 体育館放送室    岸山

 返却 二年四組      水嶋

 返却 体育館放送室    岸山


「一度、職員室に鍵を返したあと、体育館放送室に忘れ物をしたことに気づいた場合、貸出名簿はこう書かれるはずだ。まあ、岸山が放送室の鍵を借りるタイミングは、窓野の前でも水嶋の後でもいいんだが」

「二年部の鍵を返す前に、体育館放送室の忘れ物に気づいた可能性は考えられないの?」

「ないな。岸山は午後七時十五分に、教頭に二年部教室の鍵を返しているはずだ。

 それに午後八時に、体育館放送室の鍵を返却しているところを茜先生に見られている」

 ぼくの問いにも剣は淡々と答えを返した。

「で、これから何が分かるっていうの?恭介先輩がいつ鍵を返そうがどうでもいいと思うんだけど」

 なにがなにやらさっぱりといった様子で盾屋さんは呟く。

「どうでもいいわけあるか。前提として、今朝、盾屋がいっていたように教室の施錠が確実に行われていた場合、うちのクラスを開けることができるのは、盾屋が返した三組の鍵、岸山が持っていた二年部教室の鍵、そして教師が利用できるマスターキーの三種類だけだ。  

 まず三組の鍵は、盾屋が返却して以降、使われた形跡はない。それに教師がマスターキーを利用して三組の教室に立ち入って、着ぐるみを盗んだとも考えにくい。

 そうなると、うちのクラスを開けたのは岸山だ」

 剣は強い口調でそう断言する。

「いやいや、剣。それはおかしいって。恭介先輩は、二年部教室の鍵を教頭先生に返してるんだよ?名簿にも返却したって書いてあるし」

 盾屋さんは、ぼくのスマホに表示された貸出名簿を剣に突き付ける。

「おかしくない。

 盾屋さんの意見を歯牙にもかけない剣。

「なるほど。恭介先輩は、二年部教室の鍵と偽って体育館放送室の鍵を返却したってことか」

 そうなると話は簡単だ。

 恭介先輩は、二年部教室の鍵束――そのうちの一本は体育館放送室の鍵だ――を返却した後、二年三組を開錠。着ぐるみを盗み出したあと、職員室へと戻り、二年部教室の鍵束内にある体育館放送室の鍵と、自身の持っている二年三組の鍵を入れ替える。

 これで、あるべき場所に全てが戻ったということになる。

「……確かに、リングから鍵を取るのは簡単そうだった」

 職員室で茜先生から見せてもらった鍵束のことを思い出したのだろう。盾屋さんは神妙な面持ちでうなずく。

「それにしても恭介先輩は随分と回りくどいことをするね。これだったらわざわざ職員室に鍵を返す前に着ぐるみを盗めば良かったと思うんだけど」

「アリバイを作りたかったんだろ。一度鍵を返してしまえば、容疑者圏内から外れることができるからな」

 そういって剣は盾屋さんを横目でうかがった。

「じゃあ、恭介先輩が着ぐるみを盗んだってこと?」

「その判断は早計だ」

 語気を強める盾屋さんに剣はストップをかける。

「岸山単独で行われた犯行とは限らない。いまので説明できたのは、うちのクラスの鍵を開けることだけ。岸山は生徒会という立場を利用して、鍵を借りただけであって、共犯者がいる可能性までは否定できない」

 いわれてみればそうだ。ぼくも勘違いしてしまっていたが、教室をあけた人間イコール着ぐるみを盗んだ人間とは限らない。

 それに剣の説明を聞いてもなお、ぼくの中には一つ大きな疑問が残っていた。

「ねえ剣。なんで犯人は着ぐるみを盗んだのかな」

 そう、教室への侵入方法は分かったにしても、着ぐるみを盗んだ理由が分からない。

「あの着ぐるみはかなりの重量だ。放課後、人数が少ないとはいえ、盗むのは簡単じゃないよ」

 いたずら目的で盗むにしては、着ぐるみはあまりにも重く、大きすぎる。何か騒ぎを起こすことが目的であれば、別のもの――もっと軽量で小さなもの――を盗めばいいはずだ。

 すると、犯人には、着ぐるみを盗まなければいけない理由があることになるのではないだろうか。

「……そこなんだよ。オレが分からないのは」

 剣も同じ疑問を抱いていたようで、小さなため息をついた。そのまま彼女は椅子の背もたれに体重を預けると、教室の隅に置かれたチェシャ猫の着ぐるみに視線を向ける。

「それに、ウサギの着ぐるみを選んだ理由も気になるところだ」

 すっかり分かったような気になっていたが、事件は何ら解決していない。むしろ謎が深まったとでもいうべきか。

「どのみち岸山にはもう一度話を聞くとしても、あれだけデカい着ぐるみをどこに隠したんだろうな」

 剣がそういったのと同時に、盾屋さんのスマホが通知音を鳴らす。どうもメッセージが入ったらしい。

 メッセージを一読するなり、盾屋さんの顔色が変わった。

「着ぐるみ、見つかったって」



 体育館に到着すると、明日の一般公開に向けた準備のためか、多くの生徒が館内を縦横無尽に行き来している。

 さらにステージ上では、演劇部によるリハーサルが行われており、アリスの衣装を着た生徒が長台詞を発している。自身の担当した脚本が、どのような形で舞台になっているかは十二分に興味があるものの、いまはそれよりも重要なことがある。

「ですけど、四葉せんぱいがいうには、頭がないんですって」

 そんな説明をしてくれたのは、生徒会に所属する一年の漆原蒔絵さんだ。どことなく天然そうな印象の彼女曰く、見つけた着ぐるみ(の胴体)は生徒会室で預かってくれているらしい。

「ほんとに?倉庫の中はくまなく探したの?」

「それがなかったらしいんですよ。ていっても、四葉せんぱい意外と抜けてるところがありますから、見落としている可能性も十分ありますけど」

 漆原さんは、四葉くんが着ぐるみを見つけた体育倉庫を案内してくれるとのことだった。

 四葉くんがなぜそんな場所に用があったのかは、気になるところでもある。

「そういえば、四葉はどこにいるんだ?」

「着ぐるみを見つけたことを報告しに、茜先生のところに行ったみたいです」

 ここです、と漆原さんに案内された場所はステージの上手側。体育館放送室に続く階段横にある体育倉庫だった。

「ここって倉庫だったんだ」

「そうなんですよ。わたしも今日初めて知りました」

 漆原さんの言葉に、剣と盾屋さんも同じように首を縦に振っている。

 体育倉庫の戸には鍵がかかっておらず、誰でも侵入可能になっている。

 倉庫に入ると床や棚には器具類が積み重なっていた。第一印象は雑多といったところ。この様子では、四葉くんの探索が不十分だった可能性も考えられる。

「……この中を探すのか?」

 これから起こるであろう徒労に思いをはせたのか、剣は眉をしかめている。

 さて、今日中に倉庫から着ぐるみの頭が見つかれば御の字か。

 そんなことを考えながら、足を踏み出したその時だった。

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