一日目 ♧ー6
「せんぱいどこ行ってたんですか」
生徒会室へ戻ると、漆原が書類整理を行いながら、もそもそと食パンを食べていた。
「せんぱいの代わりに仕事やっといたんで確認してくださいよ」
漆原のいうとおり、机の上には資料が積み重なっていた。面目ない限りだ。
「……そのパンどうしたの?」
「先ほど、激辛焼きそばとの引き換えに恭介先輩から頂いたものです。何でもおまけでたくさん貰えたそうで。四葉先輩もよろしければ」
右手に持ったチョコスティックパンで、テーブルの端を指す桐生。
その先にはメロンパンやチョココロネ、フランスパンなど様々な種類のパンが置かれていた。
その中からありがたくチョココロネを頂戴する。
それにしても岸山は本当に、あの焼きそばを食べる気だったのか。死ぬぞ。
「それで四葉せんぱい。その段ボールは何ですか」
漆原の視線が、両手に抱えられた段ボールに向けられる。
俺は先ほど体育倉庫で見つけた段ボールをテーブルの上へ置いた。
「着ぐるみですか」
段ボールを開けると中から現れたのは、桐生のいうとおり着ぐるみだった。
「せんぱい、こんなもんどっから拾ってきたんです」
「体育館の倉庫でちょっと」
「なんでそんなとこに行ってたんですか……」
呆れたような表情を浮かべる漆原。
まさか、体育倉庫で女子生徒と密会した際に見つけた、などというわけにはいかない。
「ですが、また随分と変な形をしていますね。実際に着るとなると、アンバランスだと思うのですが」
桐生はチョコスティックパンを口に押し込むと、段ボールから着ぐるみを取り出す。
中から現れたのは、赤いチョッキを羽織ったファンシーな動物の胴体だ。手足を見る限りウサギをモチーフとしているのだろう。
「多分、頭がないから違和感があるんだと思う」
桐生は納得するようにうなずいた。
一応、俺も体育倉庫内を探しはしたのだが、頭部は見つからなかった。
「で、この着ぐるみどうするんですか。体育倉庫にしまってあったんでしょう?勝手に持ち出してきていいんですか?」
「違う。多分この着ぐるみ、二年三組から盗まれたものなんだよ」
「盗まれた?随分と怪訝な響きですね」
俺は桐生と漆原に、二年三組の教室から着ぐるみが紛失したことを告げる。
「というわけで、三組の文化祭委員に連絡を取りたいんだけど」
「わたし知ってますよ。盾屋せんぱいですよね」
岸山と共に三組へと出向いた際、確かそんな名前の人物が話をしていたような。
「三組の先生にも連絡した方がいいのでは」
「茜先生ならもう演劇部の方に行ってると思うよ」
桐生の言葉に漆原がスマホを確認しながらいう。壁時計を見ると時刻はまもなくおやつの時間に差し迫ろうとしていた。
「それだったら、茜先生に報告がてら体育館に行きましょう。どのみち明日の一般公開のための準備もこれからしなければいけませんし」
校内にチャイムの音が響く。
「桜紅葉祭。一日目の日程は終了しました。生徒は速やかに模擬店の営業を終了し……」
放送委員によるアナウンスがスピーカーから流れる。
模擬店の営業は三時までとなっており、これから完全下校までは、清掃作業や明日の外部公開へ向けた準備のために使う時間となっている。
「思ってたよりも今日は楽でしたよねー」
体育館へと向かう最中、漆原はそんなことをいった。
「四葉せんぱいは、今日は色々と災難そうでしたけど」
からかい混じりの口調で漆原はいう。
元凶は俺と漆原の前を歩く眼鏡の男なのだが、当の本人に気づく様子はない。
「本番は明日だからな。明日は、桐生家直伝シーフード焼きそばをお見舞してやる」
「桐生のその情熱はどこから来るのさ」
やたらと気合が入っている桐生のテンションについていけないとばかりに、漆原はため息をつく。
「漆原も、明日は部活のほうに用があるんじゃないのか」と、桐生。
「そうなんだよねー。部長がいないから、石波せんぱいに少し手伝ってもらわないと少し大変そうでさ」
がっくりと肩を落とす漆原。何だかんだいいつつ、二人とも明日は充実していそうだった。
おすすめの模擬店について三人で話しつつ、昇降口についた辺りで、漆原のスマホが振動した。
「あ、盾屋せんぱいから連絡きました。着ぐるみを見つけた場所について知りたいそうなので、体育館の方に来てくれるみたいです」
「じゃあ茜先生にもその時説明すればいいか」
「ですが、演劇部の方でリハーサルが始まってしまっていると思います。休憩時間の時にでも話せればいいのですが」
桐生が腕時計を確認しながらいう。
いまの言葉に何か思い出すことがあったのか、漆原はポンと手を打つと、
「そういえば、小説家の人に今年の舞台の脚本書いてもらうようにお願いしたのって、四葉せんぱいなんですよね。どんなコネを使ったんです?」
「これでも顔は広いからね。たまたま連絡先を知ってたんだよ」
多分、咲が。
あいつも随分と手広くやってるな。この様子では文化祭に参加できなくて、さぞかし残念がっていることだろう。
「ほう。裏ルートってやつですか」どうにも漆原は変な勘違いをしているようだった。否定するのも面倒なので、追求はしない。
「二人とも明日の舞台は見に行くの?」
「私はクラスの手伝いが終われば見に行こうかなって」
「もちろん行きますよ。恭介先輩にも是非来るようにいわれていますし」
「そっか。なら明日も楽しみだね」
自分の口から自然と“明日”なんて言葉が出て、はたと気が付く。
明日、学校に行くのは、俺ではなく咲だ。
だが終わってみれば楽しかった。どことなく名残惜しさすらある。
生徒会という一面でしか、咲のことを知ることはできなかったものの、充実した学生生活を送っているようだった。
しかし、俺はこの数時間後、この判断を見誤っていたことを理解する。
結局のところ、俺は四葉咲という人間を限られた側面でしか見ていなかったのだと。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます