一日目 ♤ー6
昼食をとったあと制服に着替えてから、ぼくたちは恭介先輩のアドバイスに従い職員室へと向かった。
目的はもちろん、鍵の貸出名簿を調べるためだ。
「失礼します」
大半の教員たちは、自身の担当するクラスに出払っているのか、職員室は閑散としていた。
「これはチャンス」
盾屋さんのいうとおり、これならば鍵を借りるふりをして貸出名簿を調べられそうだ。
鍵が収められているキーボックスは、教頭先生の席の後ろにある。いまは、教頭先生がいないから何とでもなりそうだけれど、人目がある状態で鍵を奪うのはかなり厳しそうだ。
「岸山がいっていた貸出名簿はこれだな」
剣はキーボックスの下に置かれた貸出名簿を手に取った。
最新の貸出記録は次のようになっていた。
十月十四日
返却 二年三組 盾屋
貸出 被服室 窓野
返却 二年部教室(予備) 岸山
返却 被服室 窓野
返却 二年四組 水嶋
返却 体育館放送室 岸山
十月十五日
貸出 一年五組 米沢
貸出 生徒会室
体育館(予備) 西
貸出 二年三組 盾屋
貸出 被服室 窓野
返却 音楽室 愛川
返却 体育館(予備) 漆原
「盾屋の後に鍵を借りた奴はいないな」
「だね。やっぱり剣のいっていたとおりだったみたい」
ぼくがそういうと、剣は当然だといわんばかりに小さく肩をすくめた。
あとでも確認ができるように、念のため貸出名簿の写真を撮っておくことにする。
その傍ら、剣は顎に手を当て何やら考え込んでいるようだった。
「トーマ。クラスの鍵の貸出がやたらと少ないのは何でだ?」
「どういうこと?」
「キーボックスから鍵を借りる場合は、ここに名前を書かなければいけないんだろ?それなら、各クラスごとに生徒の名前が記されていないと、おかしいんじゃないのか」
「あくまでも生徒が鍵を借りる場合はね。先生が鍵を使う場合は、別に名前を書かなくてもいいんだよ。うちの学校、大半の教室は、先生が鍵を持ってきて開けてくれるだろう?」
ぼくの言葉に剣も納得したようだった。
「つうか、盾屋はどこに行った」
そういってぼく達は職員室を見渡す。
「……剣、あれ」
視線の先では盾屋さんが、職員室に戻ってきたばかりであろう茜先生につかまっていた。
「――それで着ぐるみが無くなったことを黙っていたと」
「はい。そうです。すみません」
「あの。何かトラブルが起きたら、包み隠さずすぐ伝えろといっておいたはずなんですが」
「ほんとすみません」
盾屋さんは謝罪の言葉を繰り返す。低頭平身の盾屋さんの態度に茜先生は頭を押さえる。
茜先生が顔を上げたところでこちらと目が合った。
「剣さん、補永くん。あなたたちも何があったか説明してください」
怒ったような口調と共に茜先生は、ぼくたちを手招きする。こうなっては仕方がない。ぼくと剣は茜先生に着ぐるみが無くなったこと、現在、着ぐるみを目撃した人に話を聞いていること、恭介先輩の指示に従い貸出名簿を確認しに来たことなど、詳しい事情を説明する。
「明日、業者に返却する時刻までに、着ぐるみを見つけられるのなら別にいいです。私も休職前にこれ以上、厄介ごとを増やしたくはありませんから」
話を終えると意外なことに茜先生はそういった。
「――それに、剣が調べているなら何とかなるでしょう」
茜先生は横目で剣のことをうかがうとそう呟く。ぼくの相棒は教師からの人望も厚いらしい。
「なら、先生。ついでにいくつか教えて欲しいことがあるんだが」
貸出名簿を見て何か気づいたことがあるのだろうか。剣が尋ねる。
「岸山が施錠に使った二年部教室の鍵ってどんな形状だ?」
「鍵というよりは、鍵束ですね。二年一組から二年五組までの鍵がリングでひとまとめになってます。ちょうどいま持っているから見せてあげますよ」
そういって茜先生は持っていた鍵束を剣に渡す。鍵をまとめるリングは百均で売っていそうなちゃちな物だ。
試しに剣がリングを触ると、簡単に鍵を外すことができた。改めてリングに鍵をまとめて茜先生に返す。
「そういえば、昨日の夜。岸山くんが忘れ物したとかいってたような」
思い出したかのように茜先生はいった。
「忘れ物?」盾屋さんが首をかしげる。
「何でも体育館放送室――ステージ上手側の二階にあるんだけど――に忘れ物したとかなんとか」
先ほど撮影した貸出名簿をこっそりと見る。確かに、昨日の最後の記録は、恭介先輩が体育館放送室に鍵を返却したことになっている。
「何を忘れたんですかね。恭介先輩」
「さあ。そこまでは」
流石に一生徒の忘れ物までは、茜先生も把握していないようだった。
「昨日の夜、先生が岸山と会ったのはどこだ?」
「職員室だよ。それこそ、岸山くんが体育館放送室の鍵を返しているところだったかな。私が手洗いから帰ってきたあとに会ったんだよ。
手洗いに立つまでは教頭がいたんだが、どうも先に帰ったようでね。私が職員室を施錠した後、一緒に学校を出たよ」
「それは何時頃ですか?」ぼくは尋ねる。
「午後八時過ぎだったかな。完全下校の時間は過ぎていたよ」
「じゃあ、八時以降に職員室に入ってキーボックスから鍵を取るのは無理ってこと?」
「無理だね。それにうちの学校、午後九時から翌日の六時までは、警備システムが働いているから学校に忍び込んで着ぐるみを盗むなんてのも不可能だよ」
「盾屋さんは、今朝、何時に学校に来た?」ぼくは盾屋さんに耳打ちする。犯人は朝早くに学校に来て、着ぐるみを盗んだという可能性は考えられないだろうか。
「七時。貸出名簿を見ればわかると思うけど、教室を開けたのはあたし。キーボックスから鍵を取ったから、犯人があたしよりも早くに学校に来て、着ぐるみを盗むのは無理だと思う」
「そもそも、着ぐるみが昨日の夜に目撃されている時点で、その可能性はないだろ」
剣が正気を疑うような目でぼくを見る。いわれてみれば当然の事だったけれど、そんな顔しなくてもいいと思う。
「そういえば、先生は着ぐるみが無くなったことを、どこで知ったんですか?」
少しは良いところを見せようと、ぼくは茜先生に尋ねる。
「盾屋が自分からいったんじゃないのか?」意地悪そうに剣が盾屋さんにいった。
「なわけないでしょ。いきなり茜先生に聞かれてびっくりしたんだから」
「部活の方で聞いたんです。寝耳に水ですよ、全く」
先生は演劇部の顧問を担当している。ともなれば、愛川先輩が事件について聞いてくれている最中に、誰かから洩れたと考えるのが妥当だろう。
「……そろそろ部活の方に行きますけど、着ぐるみが見つかったら早々に知らせるように。あと、これ以上問題が起きた場合は、黙ってないで正直にいってください」
そういって茜先生は、盾屋さんに釘をさすのも忘れなかった。
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