一日目 ♧ー5
一体どうしたものだろうか。
昇降口脇にある自販機の前でジュースを飲みながら、先ほどの出来事を思い返す。
「咲。なんでお前が天岳先輩の件を知っている?」
剣たちと別れた直後、岸山は俺にそう詰め寄った。
岸山の口調は穏やかであったものの、目はまったく笑っていなかった。
冗談で済ましていい場面ではない。
とはいえ、この岸山の様子では、正直に分かりませんと答えるのが悪手であることも分かっていた。
「いや、それは……その……」
故に俺は、答えることもままならず、いいよどむことしかできなかった。
煮え切らない俺の態度を見て、岸山は何の情報も得ることはできないと悟ったのだろう。
「……いえない事情があるなら仕方ない。だけど、天岳先輩の件で分かったことがあったらすぐに教えてくれ」
そういって岸山は待ち合わせの約束があるからと去っていった。
「……咲からの返信もなし、か」
岸山と別れてすぐ、咲に『天岳先輩の件って何だ?』とメッセージを送ったものの、返信はなかった。これでは打つ手がない。
「四葉くん。ここにいたんですね」
うなだれていると背後から誰かに呼びかけられた。
振り向いてみるとそこにいたのは、先ほど地獄級焼きそばを食べる前に言葉を交わした女子生徒だった。
「どうしました?珍しく落ち込んでいるように見えますけれど」
「まあそれが色々とあって……」
下手に説明して、咲の印象が悪くなることは避けたかった。
「生徒会長だとやることも多いかもしれません。けれど仕事の全部が全部上手くいくわけじゃないでしょう。息抜きも大事ですよ」
俺が落ち込んでいる原因が、生徒会の仕事にあると考えたのだろう。女子生徒はそんな労いの言葉を俺にかける。
それに彼女のいう通り、普段とは異なる環境の中で行動したせいもあって、少しばかり休憩したいのも事実だった。
「じゃあ、ちょっと休憩したいんだけど。人が来なさそうなところ知らないかな」
俺がそう尋ねると、女子生徒は素早く瞬きをしてからいった。
「なら、ちょっと移動しましょうか」
女子生徒の案内に従い後ろをついていくと、体育館の裏口へと到着した。
「知ってましたか?ここの鍵、実は壊れているんですよ」
彼女はそういうと慣れた手つきで扉を開ける。
「開ける時、少しドアを持ち上げるのがコツです」
聞いてもいないにかかわらずそんな説明をする。
「ここなら誰も来ないでしょう」
軋むドアを開けて、体育館放送室に続く階段の横にある倉庫の中へと入る。床の上には体育の授業で使われるであろう器具が乱雑に積まれており、壁に貼られている整理整頓と書かれた紙がなんとも哀愁を誘う。
それに部屋全体がほこりぼったく、棚板をなでると指先に埃がついた。
女子生徒はこの倉庫に幾度か入ったことがあるようで、光源が天井の近くにある小さな窓から差し込む光しかないにも関わらず、慣れた様子でどんどん奥へと進む。
最深部へと到着すると、女子生徒はスカートにしわが付かないように気を付けながら、マットに腰掛けた。
俺は彼女と隣り合うように座る。
「なんかいい感じですね。文化祭中、誰も来ない場所で二人きり」
乾いた唇を湿らして女子生徒はいった。
「こんな汚い部屋でロマンスも何もあったもんじゃない」
――そう軽口を叩いてはみたものの、薄暗い部屋で知らない女の子と二人きりという、若干いかがわしいこの状況に、内心胸が高鳴っているのは否定できなかった。
「四葉くんは、文化祭どこで遊びました?」
「焼きそば食べたせいでダウンしてたから……。行けたのは被服研究部とコスプレ喫茶だけ。それもほとんど生徒会の用事だったから、遊んだ印象もあまりないな」
「被服研究部……なら、だいやとは会いました?」
ここで彼女の口から、知った名前が出て少し驚く。だいやの友人なのだろうか。
「会ったけど……それがどうかした?」
「いえ。だいやがわたしのことについて何かいっていたか気になって」
そんな話をした覚えはないなと考えたところで、
『咲くん。結愛ちゃんのことどう思っている?』と、だいやから尋ねられたことを思い出した。
もしかして、だいやのいっていた結愛とは、いままさに、隣に座っている彼女の事ではないのだろうか。
「……結愛さんのことについて、だいやとは特に話さなかったけれど」
「そうでしたか。すみません。変なこと聞いちゃって」
女子生徒は、一瞬だけ目を伏せた。そして、
「――あと、呼び方。誰に聞かれるわけでもありませんし、結愛でいいですよ」
そういって、結愛は破顔した。どうやら名前は合っていたらしい。
「そういえば四葉くん。体育館器具室の鍵って持っていませんか?さっき、恭介先輩に四葉君が持っていると聞いたのですが」
思い出したかのように結愛は手を打つ。
『体育館器具室の鍵って持ってるか?機会があったら豊倉さんに返しておいて欲しいんだけど』
岸山からそういわれていたことを思い出す。
となると、彼女の名前は豊倉結愛、か。
「これ、豊倉さんに渡すよう恭介先輩から頼まれてたんだ」
犬のストラップがついた鍵をポケットから取り出す。
鍵を渡したところで、結愛が俺の手をつかんだ。
「あの。結愛さん?」
なかなか結愛は手を放そうとしない。
どころか、結愛は俺の手を引き寄せると体を密着させた。
自然と抱き合う形になった。慣れない他人の体温に思わず背筋がしゃんと伸びる。
……何だこの状況。
「その、結愛さん」
「ごめんなさい。少しこのままで」
結愛との間に沈黙が流れる。聞こえるのはお互いの息遣いと、早鐘を打つ心音のみ。
薄暗い体育倉庫。抱き合う年頃の男女。人は来ない。
事実を列挙するだけで十二分に不健全のかおりがする。この状況は色々とアウトなのでは。結愛は俺のことを咲だと考えている。そうなると、この状況は浮気になるのでは。いや、そもそも咲は結愛と付き合っているのか?つきあっていないならいないで結構大変な事態だが。
――駄目だ。思考がまとまらない。
「四葉くん」
永遠に続くかと思われた沈黙を打ち破ったのは結愛の方だった。
「え、えっと何かな」
結愛が何かを決心したように小さく息を吸った、その時だった。
「一年。衣装はその辺に置いておけ」
体育館の入り口から声がした。
音を聞くなり結愛は俊敏に立ち上がって、スカートを何度かはたくと、
「一緒に出るところが見られたら怪しまれるので、四葉君は後から来てください」
口早にそういって、逃げるように倉庫から出ていった。
一方、倉庫に一人取り残された俺は呆然とするしかなかった。とはいえ、結愛のいっていたことももっともなのだが。
それから五分後。
「そろそろ出るか」
そういって倉庫から出ようしたところで器具に足を引っかけた。バランスをとるために、近くの棚に手をかけるものの、掴んだ場所が悪かったのか、積み上げられていた荷物が崩壊した。
「ーーっ!」
荷物が頭部に直撃し、思わず声にならない叫びをあげる。
落ちてきたもののほとんどは体力測定に使う器具や、文房具といった小物だったが、その中に一つ、異彩を放つものがあった。
「……これって」
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