一日目 ♢―5
先ほどから頭の中がぐらぐらしています。
咲くんと話したのが久しぶりだったからでしょうか。文化祭の準備が本格化するまでは話す機会も十分あって、こんな風にぼうっとしてしまうことはなかったのですが。
それに結愛ちゃんの想いを知ってからは、わたし自身、何となく咲くんのことを避けていたことも関係あるのかもしれません。
それにヒートアップしすぎて、わたし何か変なこと聞いてしまった気が。
「明日の舞台ってみんな見に行く?」
永田くんの一声でぼうっとしていた意識がしゃんと引き締まりました。
わたしの所属する二年四組では、クレープを販売しています。地元の洋菓子店から買い取ったもの販売しているので味は申し分なしなのですが、今日は校内開催日ということもあってか客数はあまり多くはありません。そういうわけですから、シフトの生徒同士で雑談する余裕もあります。時計の針は十二時三十分を過ぎたころです。
「わたしは行くよ。珠之宝賀先生の新作だし」
「私も。ウチの演劇部かなりレベル高いし」
「石波と森野はそういうと思ってたよ。高嶋は?」
「自分はパス。演劇部ってあんまりいい噂聞かないし」
高嶋くんはスマホから視線をそらさずに答えます。
「そうなの?」
そんな話はじめて聞きました。結愛ちゃんから話を聞く限りでは、とてもそうだとは思えないのですが。
「三年に愛川先輩っているだろ?」
「ああ。こないだの中間試験で全教科満点だった人だよな」
永田くんがそう答えると、高嶋くんはようやくわたし達の方を向きます。
「何でもその愛川先輩、去年、当時の三年と揉めたらしくてさ。本番前のリハーサル中に舞台から突き落とされたんだと」
「うっわ。それって普通に事件じゃんか。なんで大事にならなかったんだよ」
「単に学校側が大事にするのを嫌がったんだろ。結局なかったことにされてさ。でもって愛川先輩はそん時の怪我が原因で部活辞めたって」
「でも、当時の三年が原因ならもう問題は解決したんじゃないのか」
「それがどうやら、そん時の事件が尾を引いていまだに揉めてるらしいぜ。森野はその辺詳しいだろ」
高嶋くんは森野さんに同意を求めます。
「噂はしょせん噂。去年の事件だって天岳先輩がそんなことをした証拠はない」
「その感じだと、森野も噂自体は聞いたことあるみたいだな」
高嶋くんの意地悪ないい方に森野さんが眉をひそめます。
「高嶋。あんたはゴシップを楽しみたいだけでしょ。事実を確かめもせず勝手なことをいわない方がいい」
森野さんの言葉に、高嶋くんは小さく鼻を鳴らしました。
「それに内部で揉めてる件だって、最近は逸見さんや四葉くんが何とかしようとしているって私は聞いたけど」
「随分と曖昧な話だな。石波もそう思うだろ?」
高嶋くんの言葉に、わたしは苦笑いを浮かべるのが精いっぱいでした。
「本っ当、最悪。高嶋の奴、あんなんだから嫌われるんだよ」
永田くんと高嶋くんがシフトを終えて教室を出るなり、森野さんはそんな悪態をつきました。
「そんなこといっちゃだめだよ」
「それにしてもいい方があるでしょ。私にいい負かされたのが気に食わないからって石波さんに同意を求めるのは卑怯すぎるでしょ。石波さんもそう思わなかった?」
「……まあ、それは少し思ったけど」
高嶋くんの皮肉屋めいた態度に、思うところがあるのは否定できません。
しかし、わたしにはそれよりも気になることがあるのでした。
「ねえ、森野さん。演劇部の噂って本当なの?」
「火のない所に煙は立たないから。――でもこういう話、石波さんなら、」
「結愛ちゃんはそういうこと全然教えてくれないから」
森野さんの言葉を遮るように、わたしはいいました。
森野さんはため息をつくとしぶしぶ説明をはじめます。
「高嶋がいっていた内容のほとんどは本当。けど、実際には愛川先輩だけじゃなくて、当時の二年全体と一部の三年生――要はいまの三年生と去年の卒業生が――揉めていたんだって」
先ほど親身になってアドバイスをしてくれた愛川先輩に、そんな過去があったとは初耳です。
「でも、愛川先輩たちは、何が原因で揉めることになったんだろう」
「――詳しいことは知らないけど、要は方向性の違いらしいよ。愛川先輩たちが入部するまで演劇部もお遊び系の部活だったらしくて。急に雰囲気が変わったのが卒業生たちからすれば気に食わなかったんでしょ」
それは何とも大人げないというか。
永田くんがいっていたように口喧嘩で済めばともかく、実際に怪我人まで出てしまっては大問題です。事件を隠ぺいした学校側にも不信感を抱きます。
「それにしても森野さん、すごい詳しいね」
「私も演劇部に知り合いがいるの。なんでもかんでもべらべら喋る奴が。……本人も愚痴らないとやってられないんだろうけどさ」
森野さんの口調から、遠まわりながらも演劇部の悲痛な内部事情が垣間見えた気がします。
ですが、わたしが気になっているのは――演劇部の方には申し訳ない限りなのですけれど――去年の事件ではありませんでした。
「演劇部の中でトラブルが起きていることは分かったよ。――でも、どうして咲くんが演劇部の問題解決に取り組んでいるのかな」
もしかしたら、森野さんならその理由を知っているのではないか。そう思ったのもつかの間。
「いわれてみれば。四葉くんは、演劇部じゃないのにね」
流石に森野さんでもその理由は分からないようでした。
こうなるとわたし自身で推測するほかありません。
わたしが結愛ちゃんから咲くんに対する想いを聞いたのは、それこそ文化祭の準備が本格化しだした頃です。
結愛ちゃんは演劇部の部長ですから、部内の問題解決のために咲くんと行動を共にしてもおかしくはありません。
そう考えるとシンプルな回答が一つ思いつきます。
咲くんは結愛ちゃんのために、演劇部のトラブル解決に乗り出しているのではないのでしょうか。
そして、結愛ちゃんはそんな咲くんの姿に惹かれた。
もしそうだとしたら、わたしも諦めが付きます。それこそ両想いの前に略奪なんて何の意味もありませんから。
「あの、石波さん大丈夫?」
「あ、うん。ごめん。少し考え事していて」
わたしが急に黙り込んだのを森野さんは不審に思ったのでしょう。心配するような眼差しを向けています。
こちらを気遣うようなその瞳は、先ほど被服室で咲くんがわたしに向けていたものと同じ種類のものでした。
きっと結愛ちゃんは、そんな咲くんの瞳を独り占めしている。
そんな風にしか考えられない自分のことがどうしようもなく嫌になりました。
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