一日目 ♤ー5

「剣、いったい何をいっているんだ。そもそも証拠はあるのか」

「ほとんど、勘だが……。一番は怪しかったのは開会式の挨拶だ。オレが知るかぎり四葉はあがり症じゃあない」

 そう答える剣の視線は、相変わらず四葉くんを真正面に捉えている。

 剣の勘にそれなりの精度があることは、これまでに解決してきた事件で知っているものの、いまの発言はあまりにも根拠が曖昧過ぎた。いいがかりといっても差し支えない。

「えっと。剣さん。言葉の意味がよく分からないんだけど……」

「だな。四葉が入れ替わっているわけでもあるまいし」

 剣の言葉に、四葉くんと岸山先輩の二人も流石に困惑しているようだった。

 剣は、四葉くんをジッと睨みつけるものの、四葉くんがおどおどとした態度を崩す様子はない。

「まあいい。トーマ、先に本題に入れ」

 剣もこれ以上、追求を続けたところで意味がないと悟ったのだろう。剣は諦めの表情を浮かべると話の続きを促した。

 改めて、岸山先輩に事情を伝える。着ぐるみ逃亡に関する一連の流れをすべて説明すると、

「……悪いな。こっちの確認不足で迷惑かけちまって」

 岸山先輩は、至極申し訳なさそうにいう。悔やんでも悔やみきれないといった感じだ。

「いえ。岸山先輩が謝ることじゃないです」

「そっちこそ、そんなこといわないでくれ。それと名前で呼んでくれていいよ。色々あって堅苦しいのは嫌いなんだ」

 恭介先輩は苦笑する。

「分かりました。じゃあ早速ですけど、昨日の放課後、恭介先輩が何をしていたか教えてくれませんか」

「つっても、昨日はほとんど部活のリハーサルに出てたからな。変わったことっていえば生徒会の仕事で、各クラスの施錠をするように鍵を渡されていたから、部活が終わった後に教室を回ったくらいだ。

 その時にこのクラスに来たんだ。確か『不思議の国のカフェテリア。時計ウサギとチェシャ猫を添えて』だったか?」

「よく覚えてるな」

「パンフレットを作ったのは俺なんでね。おかげさまで模擬店の名前は全部覚えてるよ」

 岸山の言葉に剣も納得したようだった。

 とはいえ、裏を返せば記憶力には自信があるということになるから、恭介先輩の証言には期待が持てる。

「恭介先輩が、施錠に来たのは何時頃でしたか?」

「正確な時間は覚えてないが、午後七時くらいだったと思うぞ。――つうか、施錠するまでもなく三組の教室は俺が来た時点で閉まっていた」

「閉まってたんですか?」

「ああ。前後両方とも問題なくな」

「施錠を確認する際に、恭介先輩は着ぐるみを見ましたか?」

「流石に教室の中までは見なかったな。悪い」

 恭介先輩は、確かな口調でいった。

「施錠を確認したあと鍵はどうしたんだ?」と剣。どうやら恭介先輩のことを疑っているらしい。

「職員室にいた教頭先生に返した。時間は午後七時十五分くらいだな。貸出名簿にも名前を書いたから、あとで確認しておくといい」

 恭介先輩はそういうと、顎で職員室の方を指し示した。

「ちょっといいかな」

 ここで口をはさんだのは、先ほどまで沈黙を貫いていた四葉くんだ。

「話を聞く限りだと、問題の中心には教室の施錠が関係あると思うんだ。なら、ほかの誰かが鍵を使って、着ぐるみを盗み出した可能性は考えられないのかな」

「トーマ、施錠に使える鍵は何種類ある」

「生徒も借りることができる一般用の鍵が一つと予備用の鍵が一つ。そして先生たちだけが使えるマスターキーが一つの計三つだね」

「トーマは、そういう知識をどこから仕入れてくるんだ」

「人に話を聞いておいて、そのいい方はないだろ」

 ぼくの言葉に、剣は小さく肩をすくめる。

「ちなみに俺が借りていた鍵は、予備用の鍵だな」

 恭介先輩から注釈が入った。

「じゃあ、一般用の鍵はどこにあったんだろう」

「それはあたしが持ってた」

 四葉君の疑問に答えたのは、いつの間にか後ろに立っていた盾屋さんだった。

「なら、お前が犯人か。盾屋」

「なわけあるか。帰るときに職員室にしっかり返しました」

 珍しくおどけてみせる剣に、盾屋さんは至極真っ当な答えを返す。

「だったら話は単純じゃないかな。盾屋さんが鍵を返したあと、二年三組の教室の鍵を借りている人がいたら、その人が犯人だよ」

「なるほど。意外と証拠を残してたりして」

「そんな馬鹿な奴が犯人だったら、楽でいいんだけどな」

 楽観的な展開を想像する四葉くんと盾屋さんに対し、剣は冷ややかな感想を述べる。

 二人には悪いがぼくも剣の意見には同感だ。

「あの、恭介先輩。衣装の件ではご迷惑をおかけしました」

 盾屋さんにしては珍しく、丁寧な口調で恭介先輩に頭を下げる。

「いや、悪いのはこっちもだからさ。着ぐるみしか確保できなくてごめんな。……もっともその着ぐるみも一つ無くなっちまったみたいだが」

 そういって恭介先輩も盾屋さんに頭を下げていた。いまにも土下座をしだしても何らおかしくはない。

「あの……二人はどういう関係で」

 ただならぬ雰囲気に疑問を覚えたのだろう。四葉くんは二人に疑問を投げかける。

「ああ。部活で衣装を借りることになった時、少し話し合う機会があってね」

「盾屋。岸山に謝る必要はない。こいつが衣装を用意するっていっておきながら、結局失敗したんだからな」

「里音ちゃんは手厳しいな。演劇部の人間関係はめんどくさいんだから大目に見てくれよ。こっちも業者に頭下げたりして、大変だったんだから」

 三人の話を整理する限りだと、うちのクラスと演劇部の間を取り持ってくれたのが恭介先輩なのだろう。

 それにしても、剣が恭介先輩に対してあたりが強いのは気のせいだろうか。

「着ぐるみの件については、こっちも何か手がかりを見つけ次第、連絡するよ」

 恭介先輩は盾屋さんにそう伝えると教室を去る。

 恭介先輩の後ろをついていく四葉くんに剣は一言。

「なあ、四葉。最後に一ついいか?」

「……何かな」

「天岳が愛川を襲うのは不可能だぞ」

 剣の言葉に、恭介先輩と四葉くんの歩みが止まった。

「――そうなんだ。教えてくれてありがとう」

 振り返った四葉くんの表情は困惑に満ちていた。

 だけど、困惑の表情を浮かべていたのは彼だけではない。

 はたから見ればぼくもまた四葉くんと大差ない顔色をしていたことだろう。

 ――剣は一体何を知っている?

 不信感にも似た疑問の澱が、胸の内に積もっていく。

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