一日目 ♢―4

「ごめんね。これくらいしか埋め合わせが出来なくて」

 約束通り、瑠璃先輩におごって貰えることになりました。

 午後からは、模擬店にシフトが入っていましたから、先輩にお願いして、少し早いお昼ごはんと相成ります。

「何か食べたいものとかある?うちのクラスだったら、いくらでも融通利くんだけど」

「先輩のクラスの出し物ってなんでしたっけ」

「焼き鳥と紅茶。焼き鳥はお店から買ってきたのをレンチンするだけだけど」

 それは何とも食べ合わせが悪そうです。

 先輩の申し出を控えめに断りつつ、わたしたちは校内を回ります。

 ひととおり、飲食を販売している教室を巡った後、わたしと先輩は中庭にある休憩所へと向かいました。お昼というには少し早い時間ですが、何人か生徒の姿もあります。どうやら、午後から中庭で何かイベントがあるため、その準備をしているようです。

 わたしの手には焼きそばとフランクフルト。先輩の手には、焼き鳥と紅茶が握られていました。先輩のおなかの調子が心配です。

 わたしたちは隣り合うようにベンチに座りました。

「今年も盛り上がってんねー。残念だよ。初日しか参加できなくてさ」鬱憤を発散するかのように、先輩は足をぶらぶらと揺らします。

「先輩、明日入試でしたよね。でもいいんですか?遊んでいて」

「やれることはやったし、落ちたら落ちたで仕方がない。大学受験だけが人生ってわけじゃないしね」

 先輩はあっけらかんと話します。その余裕ぶりが少し羨ましいです。

 そんな感じで、進路について話しつつ食事がひと段落したところで、瑠璃先輩は、口の端についたケチャップを親指で拭うと、わたしと向き合いました。

「それで、だいやちゃん。話があるっていっていたけれど、そろそろ聞かせてもらってもいいかな」

「えーっとですね。その……」

 瑠璃先輩と合流した際に、わたしは相談をお願いしました。もちろん、咲くんのことについてです。

「瑠璃先輩は、付き合っている人がいるんですよね」

「ま。一応ね」

 小さく一回深呼吸をして先輩に尋ねます。

「略奪ってありだと思いますか?」

 瞬間、瑠璃先輩は身を乗り出します。

「……だいやちゃん何か変なモノ食べた?」

「これでも真面目に聞いているんです!」

 わたしが声をあげると、瑠璃先輩は冗談だよといって笑います。

「まあ、ありだとは思うよ。私だって覚えがないわけじゃないし」

「え、そうなんですか」

 今度はわたしが驚く番です。

「うん。いま付き合ってる人、知り合った頃は、別の人と付き合ってたんだよね」

 なんだか想像していたよりも生々しい話が出てきました。

「最初はお行儀よく諦めてたけどさ。彼がその時の彼女と折り合いが悪いって聞いた時には、もう動いてたね」

「なんだか珍しいですね。瑠璃先輩がそうやって積極的に動くのって」

「一回、それで痛い目見てるからだよ。謙虚にふるまったところで、自分は何も得なんかしない。だったら衝動のままに動いた方がいいのかなって。理由とか倫理とかが追い付かないくらい行動した方が、後悔しないと思ってさ」

 ですが瑠璃先輩はここでわたしに一瞥を向けると、

「だけど、この方法はだいやちゃんには向いてないと思うよ。だいやちゃんの性格だと仮に略奪したとしても、罪悪感にかられて結局別れる光景が目に見える」

「……それはわたしが弱いからなのでしょうか」

 わたしの言葉に瑠璃先輩は、違う違うと大げさに手を振ります。

「弱いとか強いとかじゃないんだって。だいやちゃんのその性格は一つの美徳だよ。――ところで、だいやちゃん。このアイデアの発案者は誰なのかな?」

「あくあちゃんから聞いたんです」

 わたしは、先ほどあくあちゃんから貰ったアドバイスを瑠璃先輩に話しました。

「そんなことだと思った。考え方があまりにもだいやちゃんっぽくないから。――それよりも、だいやちゃんに好きな人がいるって話のほうが意外だったんだけど」

 いわれてみれば、略奪という言葉が衝撃的すぎて、肝心な部分を説明することを忘れていました。

 咲くんと結愛ちゃんのことについて説明すると、瑠璃先輩は少し困惑しているようでした。

「それって略奪でもなんでもなくない?まだその友達だって告白してないんでしょ?」

 確かにあくあちゃんに事情を隠した説明をしたためか、自分でも少し混乱していたのかもしれません。

 わたし自身、略奪という言葉にどうもしっくり来ていないところもありましたし。

 とはいえ、それは何のなぐさめにもならないのですが。

「だったら、だいやちゃんだって十二分に可能性はあるんだから。難しいこと考えずに行動すればいいと思うんだけど」

「でも、その友達。めちゃくちゃ可愛いんですよ。わたしなんて太刀打ちできません」

「付き合うかどうか決めるのは、だいやちゃんじゃないよ」

「でも、もしわたしが咲くんの立場だったら、結愛ちゃんを選びます」

 わたしがあまりにも引き下がらないためか、先輩はむむむと唸りながら困ったような顔をします。腕を組み、少し考えこむような仕草のおまけ付きです。

「てかさ。だいやちゃんは、咲くんのこといつから好きなの?」

「……いわなきゃダメですか?」

「先輩にいえないようじゃ、本人にも告れるわけないとおもうけどなー」

 伸びをしながら瑠璃先輩はいいます。確かに一理ある気も。

「……一番一緒にいて心地よい男の子が咲くんなんですけど。そんな、漫画や映画みたいに、明確に好きになった瞬間はないんですよ。幼馴染って理由が大きいからだと思うんですが」

「あー。幼馴染なんだ。少年漫画だったら負けフラグだね」

「不吉なこといわないでくださいよ」

 とはいえ、こんなふわふわした理由だから、結愛ちゃんのような、具体的な理由のある『好き』と比べると、根拠が弱い気もしてしまうんですが。

「思いに貴賤はないと思うんだけれど――まあいいや。ここはそういう話が得意そうな人に聞いてみようか」

「と、いいますと?」

「私の幼馴染」

 先輩は立ち上がると「ついてきて」と一言。

 案内に従い、到着した場所は三年四組。瑠璃先輩の所属するクラスです。

「確か、いまごろシフトだったはず……」

 お昼時には少し早い時間であるため、三年四組にお客さんの姿はありません。店番の生徒も暇なのか、文庫本を読んでいます。

「総司、いま暇?」

 店番を務めていた男子生徒は、文庫本を閉じると、しぶしぶといった様子で立ち上がりました。

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