一日目 ♢-3

「次どこ行こっか」

「うーん。脱出ゲームはいまからだと厳しいし、野球部のバッティングはガチ勢しかいないっぽいしなあ……」

 ぶつぶつと呟きながら、あくあちゃんはパンフレットと睨めっこしています。

 文化祭が開始して既に一時間。今日は、学内に桜日校生しかいないにも関わらず、じゅうぶんな盛り上がりを見せています。

 廊下には、プラカードを掲げて宣伝をする男子生徒や、和服を着ている女子生徒。坊主頭の男子生徒――野球部なのでしょうか――に手をひかれている、大人しそうな三つ編みの女子生徒。いかにも少女漫画に出てきそうなヤンキーに文句をいいつつも、どこか嬉しそうな風紀委員の生徒。付き合って日が浅いのか、会話がどこかぎこちない男女。

「だいやちゃん、どした?」

「いや、結構、カップル多いなあって」

 しまった。ぼーっとしていたせいで、考えていたことをそのまま口に出してしまいました。

「文化祭マジックを甘く見てたな……。ウチらのグループの中から結愛が付き合いだすのは予想外だったけど」

「でも、結愛ちゃん。まだ告白はしてないっていってたよ」

 いまの言葉、なんだか嫌味っぽくなってしまったのではと、少し心配になります。

「いや、結愛だよ?四葉くんも流石にオーケーするでしょ」

「だよね」

 苦笑いをしながら、短く答えるのが限界でした。

 ですが、ここで、あくあちゃんは唐突に、

「正直、私としては、文化祭中に付き合いだすの、だいやちゃんだと思ってたんよね」

「え、そうなの?」

 それは初耳です。

「うん。なんとなく。誰が好きなのかは分からんけどさ。文化祭で珠之宝賀脚本の舞台やるって決まったあたりから、浮ついてる感じがしたし」

「それは、珠之先生の舞台が楽しみだったからだよ」

 慌てて否定します。

「まあ。だいやちゃんは、リアルで恋愛するよりも、フィクションの恋愛を見るのを楽しんでるイメージがあるしなあ……。ってか、前から思ってたけど、だいやちゃんは、現実でキュンとすることとかない?」

 咲くんに名前で呼ばれた、と思わず答えてしまいそうになります。

 高校生にもなってその程度のことで喜ぶ自分が恥ずかしいですし、それに何より結愛ちゃんの想い人に対して、甘酸っぱい感情を抱いたことが後ろめたくあります。

「あくあちゃん、流石に失礼すぎ」

 はいはい、こちらが悪かったですよと、適当に答えるあくあちゃん。

「とりあえず、結愛の恋愛状況でも確認しに行こっか」

 そういって、あくあちゃんは、「2-3不思議の国のカフェテリア」のページを指さしました。

 補永くんによれば、コンセプトが崩壊していて、ただのコスプレ喫茶になっているのでしたっけ。

 不謹慎ではありますが、どのくらいヘンテコになっているのか気になるところではあります。

 他の教室ものぞきつつ、二年二組の教室に到着します。

 教室に入ると、なるほど、二つほど気になる点がありました。

 教室内は、トランプや、時計、帽子など不思議の国のアリスをモチーフとした装飾で彩られています。

 しかし、働いているのは、何故か、猫耳をつけたメイドさんに巫女さん、それに何とかレンジャーもいます。何なら、私服だと思われるパーカーを着ている人もいます。

「なるほど、確かにこれはコンカフェとしては失敗だね……」

 そして、気になった点がもう一つ。

「続いては、二年二組さんの不思議の国のカフェテリアにお邪魔しております!」

 教室の中では、マイクを持った女子生徒がテレビカメラに向かって、熱心に話しています。

 その隣では、にやにや顔のチェシャ猫の着ぐるみが陽気に手を振っています。かなり横幅があって、どことなく親しみやすい印象です。

「ねえ、あくあちゃん。あれって何やってるのかな」

「放送部の企画じゃない?模擬店の宣伝を動画サイトで生配信するっていう」

 そういって、あくあちゃんは、わたしにスマホで動画サイトを見せます。

 確かに、画面の端にわたしたちの後ろ姿が映りこんでいます。

「これ、桜日校生以外も見れるの?」

「いや、学校の生徒向けサイトからリンク飛ばないと見れない。いわゆる限定公開」

 そのあたりは、やはり厳重にできてるのだなと納得します。

 案内された席に座って、わたしたちは、紅茶とパンケーキを頼みました。

「結愛いないね」

「だね。やっぱり、演劇部の方で忙しいんじゃないかな」

 結愛ちゃんには悪いのですが、正直、姿がなくてほっとしている自分がいます。

 いまの状態で結愛ちゃんと話したら、罪悪感に押しつぶされてしまうでしょうから。

 二人でパンケーキに舌鼓を打っていると、どうやら生放送が終わったようで、放送部員たちは、教室の入り口でチェシャ猫に別れを告げ、移動していきました。

 先ほどまで放送に出ていたチェシャ猫は、息が上がっているのでしょう、肩を激しく上下に動かしています。見ているこちらも息苦しくなってきました。

 そしてチェシャ猫はそのまま教室に入ろうとしたところで、教室のドアに引っかかると「ぶへっ」とヘンテコな叫び声と共に転んでしまいました。着ぐるみの頭が取れて中の人が見えてしまっています。

 クラスメイトも心配になったのか、チェシャ猫に駆け寄って、着ぐるみの胴体部分を脱がします。

 中から出てきたのはセーター姿の男子生徒。本人の様子を見る限りだと、髪こそ乱れていますが、怪我はしてなさそうで安心です。

 ですが、中に入っていた男子生徒は一言。

「や、セーターほつれてる。参ったな、このあと生放送でリポーターやんなきゃなんだけど」

 着ぐるみから出る際に引っかけてしまったのでしょうか。何やら裾の辺りを触っています。

 そんな彼の様子を見て思わずわたしは、

「あの。ちょっとセーター貸してもらっていいですか」と、立ち上がっていました。

 頭の上にクエスチョンマークを浮かべている、男子生徒からセーターを受け取ります。

 念のためにと、いつも持ち歩いていた裁縫セットがここで役に立つとは。

 糸通しを使えば一応、簡単な処置くらいはできます。

「これで一応は大丈夫だと。応急処置なので、帰ったらもう一回ほつれたところを確認してみてください」

 処置を終えたセーターを男子生徒に渡しました。

「え、マジ。直してくれたん?ほんと助かったわ」

 そういって、男子生徒はお礼にと、二人分の紅茶とパンケーキの代金を払ってくれました。

「さすが、次の被服研究部部長」わたしがセーターを直す様子を見ていたあくあちゃんはそういいました。

「わたしでも直せるくらいのほつれだったからだよ。半分趣味みたいなものだしね」

「謙遜はよしなさんなって。こんないい子になんで彼氏ができないかな」

「余計なお世話」

 紅茶を一口すすります。

「ってか、だいやちゃん。話し戻すけど、珠之宝賀がどうこうっていってたけどさ。文化祭の準備が始まったころ、少し浮ついてたって」

 そういって食い下がるあくあちゃん。こういうところの勘は鋭いです。

 わたしは、これ以上隠しても無駄だと思い、

「――うん。いたよ。好きな人」と、正直に答えました。

「へぇ……。って、え、いたの?好きな人?てか過去形?」

 露骨に驚くあくあちゃんでしたが、わたしの様子を見て居住まいを正すと、

「それって、あたしが聞いてもいい話かな」と神妙な面持ちでいいました。

 わたしは、小さくうなずきます。

 好きな人が咲くんであることは隠し、既に彼女がいる人を好きになってしまったという体で説明しました。

「なるほど。それはしんどいね。ごめん。からかったりして」

「いや、気にしないでよ。もう終わった話だからさ」

 重くなってしまった空気を軽くするために、明るい口調を意識していいます。

 しかし、あくあちゃんは、きわめてシリアスに、

「終わってないよ。だいやちゃん、まだその人の事好きじゃん」と、いいました。

「でも、わたしの気持ちを優先させたら、その人たちに迷惑がかかるから」

「それはそうだけど、さ。正しいことばかりやってたら、だいやちゃんが報われないよ」

 あくあちゃんなりに心配してくれているのでしょう。どことなく重々しい口ぶりでいいます。

 ここでわたしは、一つ気になったことがありました。

「じゃあもし、あくあちゃんがわたしの立場だったらどうする?」

 すると、あくあちゃんはノータイムで一言。

「うーん。略奪」

「へ?」

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