一日目 ♡ー2

 部長会が終わり、一息つく。

 緊張がとけた、とでもいうのだろう。無論、部長会の司会を行っていたからではない。昨年までは散々舞台に上がっていたのだ、その程度のことではいまさら緊張しない。

 教室の端にいる豊倉をこっそりとうかがう。

 会の最中、こちらからはあまり豊倉の方を見ないようにしていたのだが、彼女からの視線は十二分に感じていた。

 豊倉は以前「私と愛川くんの関係は誰にも秘密ですから」なんていっていたことがあるが、彼女自身はバレるか否かの綱渡りを楽しんでいる節がある。

 そう考えると、さきほど絡んできたのもわざとらしく思える。

 豊倉と不道徳な関係になってから知ったことだが、彼女は、あれでも目に見えた関係性が好きなようだ。要は、人目もはばからずイチャイチャしたがるというべきか。他者に優位性をとりたがるタイプなのかもしれない。

 先ほどのやり取りは、いわゆる匂わせ程度だろうが、僕が部活に所属していた時には、想像もできない姿だった。

 そんなことを考えていると、いつの間にか豊倉は教室から姿を消していた。同時に、背後から肩を叩かれる。

「すみません、愛川先輩。二年三組の補永刀麻です。少しお時間をいただけませんか」

 補永と名乗る二年生は、同年代にしてはやや小柄であるものの、こちらを真正面に見据える瞳からは、随分と聡明そうな印象を受ける。

「愛川先輩は、たしか、演劇部に所属していましたよね」

「まあ。昨年の時点で僕は辞めているけれど……」

 補永の問いに少し引っ掛かりを覚える。なぜわざわざ演劇部に所属していたなどと尋ねる?

 そこまで考えて、我ながら嫌な考えが頭をよぎる。二年三組というと豊倉のクラスだ。まさか、この補永という二年生。何らかの方法で便箋の存在を知ったのかもしれない。

 悲しいことに、昨年の一件といい、余計な憶測をする人間がこの世には多い。補永もその答え合わせを行うためだけに、僕に問を投げかけてきたのだろうか。

「あの。愛川先輩?」

 半ば放心しかけていた意識が、補永の声によって現実へと引き戻される。補永は怪訝そうに僕の首元辺りを注視していた。

「ああ。すまない。君は科学部だったよね。どうした?何か困ったことでも」

「部活がらみではないんですけど、少しクラスで困ったことがあって。いま、いろいろ情報を集めて回っているんです」

「……まあ、僕でよければ話を聞くけれど。どういった事情なのか教えてくれるかな」

 なぜ、補永がわざわざ僕に声をかけたのかは不明だが、教室には幾人か生徒が残っている。ここで露骨に拒否反応を示すのは、あまり体裁が良いとは言えない。

 アルカイックスマイルを意識しながら、補永に向き合う。

「模擬店で使う予定だった着ぐるみの行方が分からなくなりまして」

「着ぐるみ、か。どんな着ぐるみか分かるような写真はある?」

「これです」

 補永が携帯で写真を見せる。

 ピンと張った耳が特徴なウサギの着ぐるみが、プラカードを抱えている。チェッキを着ており、全体的にみると、相当デフォルメしたキャラクターであることがうかがえる。どうやら宣伝用にSNSに投稿したもののようだ。

 この様子だと便箋と関係は全くないらしい。

 安堵するとともに、乗り掛かった舟という言葉もある。一応、義理として最後まで話を聞くことにした。

 しかし、補永も着ぐるみが無くなったことを知ったのは今朝のことらしく、彼もまだ詳しい情報を持ち合わせているわけではなかった。

 曰く、施錠した教室から、着ぐるみが無くなった。

 曰く、教室を施錠したのちに、教室外で着ぐるみを目撃した人物がいる。

 そこまで聞いて、僕は一番疑問を抱いた点について、補永に尋ねる。

「ところで、なんで演劇部の人間に話を聞こうと思ったんだい?それに具体的な話が聞きたければ、僕みたいな部活を辞めた人間よりも、豊倉あたりに聞いた方がいいんじゃないかな」

 この質問に、補永は声を潜めて答えた。

「クラスの中で、演劇部の誰かが、着ぐるみを盗んだんじゃないかって話が出ているんです」

「――なるほど。そういった事情なら、演劇部の人間に直接聞くよりも、退部した僕に聞いた方が都合もいいだろうしね」

 君の心配も当然だという意味を込めて、ため息交じりにいった。

「正直、ぼく自身、この発言自体、ウチのクラスの人の私怨だと思っているんですけどね。一応、聞いておかないと怒られてしまうので」

 補永は、頬を掻きながらいった。色々と大変な立場なのだろうと、邪推する。

「分かった。けれど、補永くん。さっきもいったけれど、僕は部活を辞めている身だから、あまり詳しいことは聞けないと思うよ。――それでもいいんだよね?」

 とんでもないです、と補永は首を縦に振った。

 どっちみち、僕も演劇部に探りを入れようとは思っていたのだ。その片手間に聞くことぐらいはできるだろう。

 何か情報を得た時のためにと、補永と連絡先を交換すると彼は教室を去った。彼も中々どうして忙しいようだ。

 一方で僕はといえば、十一時頃にクラス模擬店のシフトが入っている以外にこれといった予定がなかった。

 というのも、昨年までは演劇部に参加していたこともあって、文化祭の回り方というのがどうにも分からないのだ。要は文化祭における暇のつぶし方が分からない。

 先輩、施錠お願いしますと鍵を受け取る。既に音楽室には己のみ。

 資料を確認すると、うっすらと茶色い汚れが付いていた。指を確認すると、ココアパウダーが付着していた。

 ハンカチで汚れをぬぐい取ってから、自分以外誰もいなくなった教室で一人、部長会で配布された資料の裏に誰が情報を握っていそうか想像し書き出す。

 さて、どうしたものか。

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