一日目 ♢ー2
「あれ」
部長会が行われる科学室へと来たのですが、戸が閉まっています。確かに、瑠璃先輩はここだといっていたのですが。
何度か戸を横にガチャガチャと動かしてはみますが、びくともしません。
「……えっと、どうしよう」
そう呟いてみたところで、どうにかなるわけではありません。ここは一度、瑠璃先輩に連絡を入れて、教室の場所を確認してみようかと考えていると、
「あれ、石波ちゃん。なんでここにいるの?」
きょとんとした口調で話しかけてきたのは、頭の黒いリボンが印象的な北見さんです。あくあちゃんと仲が良く、何回か遊んだこともあります。
そんな彼女の両手には、なぜかビニール袋が握られています。
「えっと、部長会に来たんだけど、教室が開いてなくて」
「あー。教室変わったんだって。科学室から音楽室に変更。さっき茜先生から聞いた」
なるほど。瑠璃先輩が部長会の指示を受けたのは、昨日だといっていましたから、それから予定が変わったのでしょう。
そのまま流れで、北見さんと一緒に部長会へと向かうことになりました。
「石波ちゃんのクラスはどうなの?三組のカフェはコンセプト自体が崩壊したって聞いたけど」
「わたし、クラスはあんまり手伝えてなくて……。部活の方を中心にやってたから」
「石波ちゃんって、被服研究部だっけ。何やんの?」
「衣装展覧会、っていえばいいのかな。社会科の米泉先生から借りた民族衣装と、部員が作った衣装の展示。どっちかというと後者が主かな」
「ああ。盾屋ちゃんも、少し手伝ったみたいなことをいってた気がする」
一人納得する北見さん。彼女のいうとおり、衣装の制作には盾屋さんも手伝ってもらっています。何なら、盾屋さんの作った衣装も数着展示しています。
「石波ちゃんも何か衣装作ったの?」
「うん。ワンピースを手作りしてみた」
「すご。あとで見に行こ」
音楽室へと到着すると、既に多くの生徒が席に座っています。中には補永くんの姿もありました。
「遅れてすみません」
「そろそろ始めるから、適当な席に座って」
わたしと北見さんは、茜先生の指示に従って、空いている席に着きましたが、部長会が始まる様子はありません。
よく見てみると、向かいの席の端が一席分空いています。まだ誰か来ていないようです。
教室の前方では、司会を務める三年の男子生徒と共に、二年三組の担任である茜先生が会の流れを黒板に記しています。
茜先生は、昨年、この学校に赴任した若い先生で、大学は演劇学科出身という変わった経歴を持った方です。
もともとは俳優を志していたこともあってか、女性にしては身長が高く、肩にかかる濡れ色の黒い髪がスーツ姿と相まって、知的な印象を人に与えます。
そんなことをつらつらと考えていると、
「失礼します」
落ち着いた声が教室の入り口から聞こえました。
腰まで届く艶やかな長い黒髪に、鼻筋の通った顔立ち。白百合を思い起こさせる肌は、まさに清楚という言葉を連想します。
お手洗いにでも行っていたのでしょうか。濡れた手をハンカチで拭き終えると、彼女は一瞬だけわたしの方に視線を向け、腰のあたりで小さく手を振りました。
そのまま彼女は、黒板に近づくと、「遅れてすみません。茜先生、愛川くん」と、男子生徒を見上げるように挨拶をしました。
「……早く席に着け」
彼女――結愛ちゃんの挨拶に、愛川くんと呼ばれた三年生は、何故かぶっきらぼうに答えます。それにしても、結愛ちゃんが先輩のことを「くん付け」で呼ぶのは珍しい気がします。昔からの知り合いなのでしょうか。
結愛ちゃんが席に着いたところで、
「定刻となりましたので、部長会を始めさせていただきます」
愛川先輩の澄み渡るようなはっきりとした声が、部長会の開始を告げました。
「本日司会を務めさせていただきます。三年四組の愛川総司と申します。本来ならば、二年の志島が司会を務める予定でしたが、本日病欠のため、代わりに前年度の部長会会長である愛川が務めさせていただきます」
随分と堅苦しい挨拶です。こんなに真面目な場だとは知らずに来てしまいました。他の部長たちも同じことを考えているのか、近くにいる人たちと顔を見合わせています。
「愛川。そこまで堅苦しくする必要はない。ふざけてるだろ、それ」
茜先生がそんな指摘とともにパンフレットで愛川先輩の頭を小突くと、鹿爪らしい表情をしていた愛川先輩の顔色が、優しげなものに変わりました。
「はは、そうですね。すみません。皆さんは二年生ですか?三年生がこんな様子だと緊張してしまうかもしれませんが、そんなに気がまえず、のんびりやりましょう」
その発言と共に、場の空気が緩むのが分かりました。もしかして、ここまで考えたうえで、あのような堅苦しい挨拶をしたのでしょうか。
「じゃあ改めて、まずは、配布したプリントを確認してください――」
愛川先輩の司会に従って、会は何事もなく進行していきました。
ひととおり、確認事項について説明が終わると、愛川先輩は全体に対して、
「他に何かありますか?」と、尋ねました。
すると、はい!と、元気よく手を上げた生徒がいました。北見さんです。
「えっと、家庭科部の北見です。私たちの部活は茶菓子を販売するんですけど、良ければ皆さん試食していただけませんか?」
そういって北見さんは、ビニール袋を取り出すと、じゃじゃーんという効果音を口にしながら、袋から透明の小さな包みを取り出しました。
包みに入っているのは生チョコレートでしょうか。まんべんなくココアパウダーがふりかけられているようで、見ているだけで優しい甘さが口内に広がっていく想像ができます。
美術品のようなその出来栄えに、部長たちの間からも関心を示す声が上がります。
「正直、めっちゃ自信作です。どうです総司先輩。しっかり人数分用意したんで!」
どうしましょうかと、愛川先輩は、茜先生に確認をします。
先生は無言でうなずきました。
「じゃあ、せっかくですし、皆でいただきますか」
「流石、話が通じますね」
二人の許可を得るなり、北見さんは嬉しそうに手を合わせます。
僕が分けるよといって愛川先輩は立ち上がると、チョコの入った袋を部長の皆さんに配っていきます。
「どうぞ」
わたしも愛川先輩から、星型のシールで封がされた袋を受け取ります。
その時、穏やかながらも、どこか儚げな印象を思わせる愛川先輩と目が合ってどきりとします。
理音ちゃんといい、愛川先輩といい、わたしは格好いい人と長い間、目を合わせるのがどうにも苦手ですから、
「あ、ありがとうございます」
と、しどろもどろにお礼をいうのが精一杯でした。
全員にチョコレートがいきわたったことを確認してから、口に運びます。
……。
お、おいしいです。
美味しいですよこれ!
とろけるような舌触りに、ほろ苦いココアパウダー。チョコレートはビターチョコでしょうか。甘すぎないため飽きることがありません。
これならいくらでも食べられます。正直、いますぐにでもおかわりしたいくらいです。
「家庭科部では、他にもチョコレートケーキや、クッキーといった茶菓子を食べるスペースを用意しているんで、皆さんぜひぜひ遊びに来てください!」
なんとも商売上手な北見さんでした。文化祭中に絶対買いに行こう。
予想外のお茶会がひと段落するとともに、部長会は終了しました。
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