ユーレイの国へ

長島芳明

ユーレイの国へ

 ああ。畜生。何なんだこの世の中は。悪をする者が出世し、善をする者が蔑まされる。TVニュースは戦争と殺人事件の報道ばかり。今日も大企業が倒産し、千人以上が失業した。



 あー。嫌だ嫌だ。もう嫌だ。死んでやる。死んで幽霊になって悪をする奴を怖がらせてやる。けっして、人間関係に疲れたり、遊びで作った借金が原因で苦しんだりしているじゃないぞ。



 とにかく死んでやる。



 そして俺は自殺名所の崖から飛び降りた。




 俺の葬式が行われている。……おい。何だよ。俺の葬式に並ぶ人数が少ないぞ。俺は会社のために色々したのに。しかもよく見ると、裏で笑ってやがる。



「あの人が亡くなったから会社の業績が良くなるでしょう」

「そうだな。あの人は文句ばかり垂れて、大した仕事はしないし」

「それに会社の金を使い込んで、女遊びをしたし」

「社長は立派だよな。彼を懲戒解雇せず、「しっかりと働いて返せ」だもんな」



 おいおい。日本の文化では故人の悪口を言うのは良くないことだぞ。それに親族がいるんだからそんな大きな声で喋るな。俺の信用が落ちる。まったく。こいつらは信用できんな。こんな奴らの中で俺は仕事をしていたのか。死んで良かった。正解だ。


「それなのに、ライバル会社に情報を渡して金を得る始末」


 ふん。信用できない同僚の言葉など、これ以上聞きたくない。親族の所に行こう。



 親族は疲れた顔をしていた。



「ああ。何もこんな忙しい時期に死なないでくれよ」

「そうだよな。おいおい。出入り口を見ろよ。あの顔は債権者だろうな」

「ろくでもない所から金を借りていたようだな」

「あいつら、追い出すのは面倒だな」



 ……親族の疲れている顔はしのびないから、妻の隣に行こう。



 おお。さすが我が妻よ。愛する夫の死を耐えて、葬式に来る客を笑顔で迎えている、気丈に振舞っている。ごめんな。先に逝って。



「お母さん。何だか嬉しそうね」


 五歳の娘が言った。


「うん。だってお父さんが死んだし、これでダイスケさんと結婚できるわ」


 何? ダイスケだと。お前は俺の友人と不倫していたのか。



「私も、ダイスケおじさんのほうが好き」

「これからはダイスケさんのことを『お父さん』と呼ぶのよ」

「うん」


 二人して笑顔でいる。




 ……自分の葬式など見る暇などない。俺はこれから独裁者や闇組織の人間を怖がらせて、足を洗わせて素晴らしい世の中に作るんだ。




 とにかく俺は厚顔無恥な政治家の家に行き、そこでポルターガイストを起こして怖がらせた。


「ああ。何だこれは。もしかして裏金がばれて天が怒っているのか。よし政治家を辞めよう」


 よし。まずは一人目だ。



 そんな調子で続けていたら、同じようなことをしている仲間に出会った。同志がいるといい。一人ではなく集団でポルターガイストをやると半端ない。誰もが怖がって自分の人生を悔い改める。



「よし。次は武装ゲリラのボスのところに行こう」

「それより麻薬王だ」

「いやいや。インチキ宗教団体の教祖だろ」



 そして幽霊同士でケンカを始めた。何だよこいつらは。自分のことしか考えていない。あー、嫌だ嫌だ。社会は嫌なやつばかりだったが、幽霊社会もよく見ると嫌なやつばかり。自分勝手で正義心に熱い真面目な奴ばかり。人の意見を聞かないやつばかりだ。



 嫌な世界だ。せっかく俺が考えたのに。





 あーあ。悪をする奴が少なくなり、生きる世界が徐々に素晴らしくなっている。どいつもこいつも笑顔で暮らしている。俺の活躍を知らずに、幸せに過ごしている。気づけば元妻はダイスケの二人目の子供を宿している。




 そして俺の周囲では相変わらずどこにポルターガイストを仕掛けるかで揉めている。うるさくて仕方がない。




 生きていたときよりも嫌になってきた。死にたい。あ、でも俺は死んでいる。どうすればいい。そうだ。霊能者とかいう奴に言って俺を浄霊してもらおう。




 おーい。お前は霊能者なんだろ。俺を浄霊してくれ。おーい。返事ぐらいしてくれよ。俺の声が聞こえるんだろ。



 ……もしかしてこいつはインチキ霊能者か。




 許さん。ポルターガイストを起こして徹底的に怖がらせてやる。




 おい。怖がれ。俺は幽霊だぞ。悪さをしている奴は許さんぞ。悔い改めろっ!



「最近、夢がうるさいな。俺に相談する奴は『ユーレイの仕業だ』とか言って怖がるんだろうな。ふん。馬鹿らしい」



 そう言って男はまた寝た。




 何だよもう。こいつらは。百人回ったけど、全員インチキかよ。ん? 何だこの婆さんは。俺のことが見えるのかい?


「ええ。どうやら苦しんでいるようですね」



 そうなんですよ。幽霊にも色々事情があってね。


「私が俗にいう「成仏」させてあげますよ」




 本当ですかっ!? と驚いて気づいたら、天国にいた。言葉で説明できないけど、ここは天国だ。うん。何もかも素晴らしい。言葉で説明できないけど、ここは素晴らしい世界だ。何だか気持ち良い。





 んん? 気づくと幽霊時代に一緒に行動したやつがと来やがった。事情を聞いてみると「どこかの婆さんに成仏してもらった」とのこと。




 婆さん。余計なことをしないでおくれよ。あーあ。天国に次々と知っているやつが入ってきたよ。自分勝手で正義感が熱い真面目なやつばかりだ。素晴らしい天国生活がこれでは台無しだ。




 どうすればいいのだ。この場から逃げたい。死にたいにも死んでいるし。神様なんとかしておくれよ。




「呼んだかい?」




 おお。あんたは神様だな。言葉では説明できないけど、あんたを神様と感じるよ。



「で、用事は何かね?」



 実はかくかくしかじか、こういう訳でね。天国でも嫌な奴がいれば天国じゃないよ。



「ま、そだね」



 あんた神様なんだろ。神様には不可能な事はない。だからこの状況を何とかしてくれないかね。俺の願いを聞いてくれよ。神様なんだから何とかしてくれよ。



ーーーーーーーーーーーーーーー



「おい。生まれた赤ちゃん、よく見るとお前の前の夫に似ていないか?」

「そんな冗談やめてよ、ダイスケさん」

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