3.
目を覚ますと至近距離にあのひとの顔が。
「熱引いたかな」
おでこを触る気だ、このひとっ!!
* * *
「いっ、今測っても意味ないでしゅっ!」
だってすぐに上がりますからねぇ、ええ!
慌てて逃げるように布団から這い出そうとしたのをそのひとは待って、と肩に手を置いた。
「で、でも!」
心臓がもちませんから!
その言葉を喉の奥に引っ込めながら、でも目だけはちゃんと瞑りながらそのひとに向かって手をつっかえ棒のように伸ばそうとしてふと、柔らかく握られた。
思わず目を見開いて、そのひとの瞳を初めて見つめ返した。
「大丈夫ですから。ね」
頬を柔く撫でられて僕は、気づけば僕はもう何もできなくなっていた。――初めて見つめたその目に目が吸い寄せられてしまって仕方ない。
真っ黒な虹彩の真ん中に細くて真っ白な瞳孔。何故か魅力の溢れてやまない目。
不思議な色の、目。
「力を抜いて。もたれかかって」
ふわふわする頭をそのひとの首筋に預け、抱きかかえてもらう。声が中性的で、でも滑らかに低い。ここで初めてそのひとが「男」であることに気が付いた。
それでも減衰しない魅力というのはこのひとだからなのだろう。
「良い子」
そうしてすぐ傍に用意してあった座椅子に移してもらった。ひざかけが温かい。
「温かいスープはいかがですか」
そう言いながら鍋の蓋に手をかければすぐにブイヨンベースのミルクの香りがふわりと香ってきてお腹が欲しがるように鳴く。
そういえば朝を抜いたのだった。
「隠し味も何にもないようなただのスープで……お気に召すといいのですが」
木の器に入ったその温かいクリーム色はよく煮込まれていて本当に美味しそう。野菜もほろほろとろけてお腹がじんわりあつあつ。
はふはふ、もぐもぐ。ふうふう。
「本当に美味しいです。お腹から染みる味」
「そうですか、それは良かった」
そういって花がほころぶように笑むそのひと。全く、急に倒れるからびっくりしたんですよとからから笑った。お恥ずかしい……。
「その点ご安心を。これは栄養たっぷりですからね。よければもっとどうぞ」
「じゃ、じゃあ遠慮なく」
最初は全然そんな気はなかったのに本当に嬉しそうによそって嬉しそうにこちらを見つめてくるものだから調子に乗ってぱくぱく食べてしまう。
途中からは彼も一緒に食べ始めて気づけば鍋は空っぽだった。それに本当に喜んでくれて。
「お母さん」みたい、だなって思った。
「あなた」を見つめれば、心が安心する。
「あなた」を僕の心が欲している。
「それで、あなたはどうしてこちらに?」
「え?」
「ほら。ここ、ちょっと特殊な所だから……何か御用があって来たのでしょう?」
そう言って蠱惑的に瞳がこちらを覗いた瞬間、ここに入った時のことを思い出してまた赤面。バカ正直にあなたに一目惚れで! ――なんて言える筈は無く。勢いであの時の言い訳を使い回してしまった。
「あっ、あのっ、図書館の企画であーだこーだ!」
「へえ、本を探しに?」
「ええ、ここ、本、いっぱいあったのでッ!」
「まあ、確かにこれだけの量を見たらそう思うのも無理はないな」
「で、ですよねっ!」
だから通っても良いですか、と聞こうとしたところで彼はふと首を捻った。
「でも……ここにあなたの求める本は無いよ」
「そういうことなら来ないほうが寧ろ良い場所だ」
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