第8話
とうとう私が整形手術を受ける日が来ました。ロジャー様は玄関まで私を見送り、私の頬にキスをしました。
「僕のことを忘れないでおくれ」
「まさか!忘れたりなどいたしません」
ロジャー様の後ろにはレニが控えていました。目が合うと、彼女は深々と礼をしました。
「いってらっしゃいませ。お帰りをお待ちしておりますわ」
そうして私はアントン家を出発しました。カインツ夫人は私の隣で、私よりも溌剌と手術の話をしました。どれくらいの時間がかかり、どれくらい包帯を巻いていなければいけないか。カインツ氏の腕前がどれほど良いか。安心して手術を受けるといい、などなど。私は適切に相槌を打ちながら、これからのことを考えていました。
ロジャー様は、美しくなった私の顔をきっと愛してくださる。
私も、美しくなった自分の顔を愛せる。
全てがうまく行くような気がしていたのです。この傷さえなくなれば。この傷さえ、消えてしまえば。そうすれば──私はそっと下腹部に手を添えました。予感と確信と、たしかな幸福がそこにありました。
結果的に、手術は迅速に行われたと言ってもいいでしょう。
カインツ氏は私の顔を見、ため息のような声を上げながら「これは難解だ、腕が鳴る」と口にしたきり黙って、ううむと唸り、それから私に手術台へ横たわるよう指示しました。
麻酔が打たれます。からだの感覚がなくなりました。次第に意識も遠のいていきます。
その間、カインツ氏は私の顔の傷を綺麗に切り開いたり縫い合わせたり別のからだの箇所から皮膚を採ったりそれを継いだりいろいろなことをやったようなのですが、私には知覚できませんでした。夢のような現実のような、そのはざまで、私は歩いていました。かつての故郷の街並みの中を。
悪ガキのハンスがいました。木の幹の折れたものを、幼い私に振り上げています。頭を打とうと言うのです。私は激しい声をあげて叫びました。ハンスはそれでも、それでも私に傷を負わせるのです。私は幼い私に駆け寄って傷を覗き込みます。ひどい、なんてひどい、なんて醜い傷。
「醜女」
ホテルの支配人が現れて、私を呼びます。
「スイート・ルームのお客様がお待ちかねだ」
私は、スイート・ルームに誰がいるのかを知っています。醜女は弾むようにホテルの階段を登っていきました。旦那様。旦那様。ロジャー様。聞いていただきたいことがございます。私は貴方の子を──。
規則正しいノックの後、急くようにドアを開けると、その人は──ロジャー様は、驚いたように私の顔を見つめて、
「醜い……」
私は、そこで目醒めました。私の視界は半分になっていました。右瞼の傷を処理したために、左目しか利きませんでした。私はふらりと立ち上がり、カインツ夫人に支えられました。
「生まれ変わったのよ、あなた」
夫人は力強く私を抱きしめました。
「もうあなたを醜いなんていう人はいないわ!」
開くことを許されている左目から、ぼろりと涙が零れ落ちました。
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