第6話
結果的に私は、刺繍を習うことになりました。ロジャー様のお知り合いには刺繍を得意とする奥様がいらっしゃって、その方に頼もう、とロジャー様はおっしゃいました。ベッドの中で、刺繍というものについて考えを巡らしていると、ロジャー様は甘えたような声で私の名を呼びました。
「アンナ、僕のことが好きかい」
「ええ」
「好きだって言っておくれ」
「好きです」
「僕も愛している」
ロジャー様は美しい笑顔を見せてくれました。私も、彼のこの笑顔を愛していました。
刺繍の先生として屋敷にいらしたカインツ夫人は、気難しそうなお顔をした年上の女性でしたが、お顔がそうだからといって心まで「そう」であることはない、ということは私自身がよくわかっていることでした。私の顔は醜いですが、心まで醜くなったとは思ったことがなかったからです。
実際、カインツ夫人はとてもお優しい方でした。右目の視力だけが極端に悪く、縁なし片眼鏡をかけているために硬質な女性のイメージを持つ方も多いようなのです。彼女は私の先入観のなさに驚きながら、こう言いました。
「私の外見を見て怖がらなかったのはあなたが初めてよ、アンナ」
「カインツ夫人、あなたもです。私の顔を見ても、驚きませんでしたね」
「それは、ロジャーくんから前もって聞いていたからよ……」
カインツ夫人は何かを言いかけましたが、すぐに口を閉ざし、大きな鞄から教材を取り出しました。
「今日は簡単な図案からやってみましょう。お日様を糸で描くのよ」
手を無心に動かしていく間、カインツ夫人は全く同じ図案を刺繍しながら、さまざまなことを語って聞かせました。主にそれは、彼女の気難しげな外見のために発生したありとあらゆる誤解の話でした。傷のない彼女もまた、私とは異なるながら、悩みを抱えて生きてきたのでしょう。そしてその長年抱え続けてきた苦しみを、「同じ」境遇である私に打ち明けてくださったのでした。私は頷き、時折相槌をうち、その合間に針で指を突き刺したりしながら、ようやく歪なお日様を完成させました。
カインツ夫人はとっくに刺繍を終えており、丸くて綺麗な太陽を翳して見せました。そして、私のそれと見比べてみて、感想を述べました。
「最初にしては上出来、意外と器用ね」
「ありがとうございます」
「練習用に置いていくから、次の火曜日までにもう一度、同じ図案をやってみて」
「はい」
カインツ夫人は荷物を纏め始めましたが──一つ荷物をしまう毎、何かを言いたげに、ちらり、ちらりと私を見るので、私は思い切って尋ねました。
「あの、夫人。何か……?」
「あ、ああ。……あのね、私に何かできることはあるかしらと考えていたの」
「できること?」
「その顔の傷よ。……あんまりだわ。可哀想にも程があるわ。せっかく美人さんなのに、傷のせいで醜女だなんて。そんなのはあんまり」
意外と夫人は、お節介なのかもしれません。私は首を横にふりました。
「今更どうにかなるようなものでも、ないので……」
「どうにかなるかもしれないわ。なると言ったらあなた、どうする?やってみる?」
「え?」
思いがけない言葉に私が声を上げると、彼女は鞄を放り出し、私の両腕をがっしりと掴みました。
「私の夫は外科医なのよ。整形も多少はやれる。身内贔屓じゃないけれど、いい腕よ」
「は、はあ」
事態を飲み込めずにいる私に、カインツ夫人は決定的な言葉を放ちました。
「傷を目立たないように消せるかもしれないわ。整形しさえすれば、ちょっとの跡ならお化粧で隠せる。外を堂々と歩けるし、ロジャーくんの隣にいても遜色ない美人になれる。ねえアンナ、わかっていて? あなたは傷さえなければ本当に綺麗な女の子なのよ」
「あ……」
それ以上、声も出ませんでした。私は、その言葉に魅せられてしまったのです。
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