第3話

「アンナを屋敷の住み込み掃除婦として引き抜きたい」と会社に打診があったのは、旦那様がチェックアウトなさってから3日目のことでした。

 旦那様はかなりのお金をちらつかせたらしく、支配人は特に熟考せずに即座にその取引に同意しました。私は、自分の手の届かぬところでことが運ぶのを、黙って見ているしかありませんでした。

 自分の身がどうなろうと、自分のことは自分で守っていかねばなりません。私には親類もなければ、この顔ですから友人も少なく、頼る人もいません。居場所を変えることは勇気が要ります。本当に良いのだろうか、という思いがつきまとって離れませんでしたが、やはり私に拒否権はありません。


「じゃあ、達者でやれよ、醜女」

「お世話になりました」


 私は顔を俯けながら、我が家への道を走りました。これが最後の退勤になりました。


 荷造りをし、わずかな私物を詰めた鞄を携えて、私は言われた通り家の前で待っていました。顔を俯け、誰にも見られぬように。

 私は、知りませんでした。こうやって顔を俯けることすら、最後になるなんて。

 やがて車が到着して、私を乗せます。期待と恐怖の間で揺れながら、私は鞄を抱きしめました。




 旦那様のお屋敷は、私が勤めていたホテルから二時間ほど車で走ったところにある、繁華街の郊外に建っていました。どっかりと腰を据えるような巨大な建物は、スイート・ルームどころか、元職場のホテルより立派で豪華絢爛でした。住み込みとはいえ、この屋敷を隅々まで清掃するとなれば、一周するのに何日かかるだろう。1週間、いや、2週間……私がそんな計算を頭のなかで繰り広げている間に、私は車から下ろされ、屋敷に招きいれられてしまいました。


 待ちかねたように立っていた旦那様は私を見るとすぐさま駆け寄って来て、熱烈な抱擁とキスをしました。

「待っていたよ、アンナ」

 そしてすぐさま、私を奥の部屋へと導いていきます。

「旦那様?」

「待ちきれない。早く」

そうして私は荷解きもままならないまま、屋敷の最奥にあるキングサイズのベッドの上で、旦那様に組み敷かれます。


「お、お掃除は? 屋敷の清掃ですよね」と私が尋ねるのへ、旦那様は夢中に腰を振りながら、「清掃なんて、君にそんなことはさせないよ」と言いました。

「君は今日から僕の妻なんだ」

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