約束の指輪
汐 凪登
プロローグ
第1話 丸山太一
「人間は2種類に分けることができる。」
俺は、小説の一箇所に手を当て、心の中で頷き、同意のメッセージを送る。
昼休み。いったいクラスの連中は、昼休みになるとどこに消えるのだろうか。30人ほどいたクラスメイトたちは、今や4、5人になっている。こういう時、俺はよく本を読む。本を読んでいれば1人寂しいやつだと思われなくて済むからだ。教室の外に遊びに行く奴がどこに消えているのかは分からないが、自分にはそれよりもこの本を読みたいのだと周りに無言のアピールできる。
それに、俺には同胞がいる。斜め前に座る鈴木だ。彼は毎休み時間に本を読んで時間を潰している。彼のおかげで「浮いている」と思われることはまずないだろう。鈴木が何を読んでいるのか、普段何を考えているのか、あまり話したことはないので分からないことは多いが、彼もまた俺と同類の人間だろう。
教室がざわつき始めた。チャイムが鳴る1、2分前には今までどこにいたかもわからない連中が教室に帰ってくる。帰ってくるとはいえ、次の授業の準備を始めるわけではない。チャイムが鳴って、先生が来てから授業の準備を始めるのが常だ。クラス内で影響のある人物がそうしているなら、自分も問題ないと言わんばかりに、授業開始まで時間が無いと分かっていながら準備をしない人が多い。赤信号みんなで渡れば怖くない、それが権力者も一緒に渡ってくれると言うのであれば尚更だ。
しかし、その中でも自らの権力にあぐらを欠かずいつも通り準備を怠らない人がいる。
瀬戸楓。
彼女は、この学校においての有名人だ。才色兼備・文武両道という言葉は、瀬戸楓のための言葉と言っても過言はない。例えば、部活。全国にも手が届く位置にいるうちのバスケ部に入り、1年で唯一1軍候補になっているそうだ。例えば、勉学。毎年偏差値60以上をキープする我が校の入試で、成績優秀者、つまりトップ10で入学したらしい。これだけでも完璧だ。
だが、それだけではない。本物の天才は中身も完璧なのだ。彼女の周りにはいつも人だかりができていた。それは彼女が人柄も、人を惹きつけるものがあるのだと、話したことがない俺でも分かる。きっと彼女のことを少しでも悪く言おうものなら、この学校全体から吊し上げられ、親の仇と言わんばかりの恨まれ方をするだろう。
間違いなくヒエラルキーのトップに君臨するお方だ。俺みたいなヒエラルキーにカウントすらされない存在からすれば、ヒエラルキートップの人は芸能人に近い見方をしてしまう。きっと幼少期から何もかもが違うのだろうと。
ガラガラと音を立てて、扉が開いた。
まだ教室は静まっていないが、松葉先生は勢いよく扉を開け入ってきた。松葉先生は、駆け足で各自の机に戻って準備をする人を見て、軽いドッキリが成功したかのような優越感を感じているようだった。そして、当然準備出来ていない者を見逃すはずがない。
「おい、佐々木! 早く授業の準備しろよ」
松葉先生の渋く深い声が教室に響く。松葉先生は、野球部の顧問だ。我が校は強豪扱いされる私立高校だが、一般的には、野球部の顧問は外部に任せることが多い。だが、松葉先生は、教員免許を取れる頭もあり、我が校をキャプテンとして甲子園に連れて行った経験があった。
きっとこの人も、学生時代は佐々木と同じ陽キャだ。
「スミマセーン」
佐々木の棒読みが聞こえてくる。
何度この茶番を見ただろうか。準備がまだ出来ていない生徒もいる。だが、それでも毎回、佐々木淳を指摘する。佐々木淳が準備を終える頃には、全員が準備を完了して、授業が開始される。この2人の連携は、事前の打ち合わせをしているのだろうと思わせるほどだ。
佐々木淳は野球部で、1年から1軍に入っているらしい。ちらほら、練習試合でも投手で出場したという話が聞こえてくる。うちの野球部は部員数100人を超え、県ベスト4常連の強豪校だ。もちろん1年生から1軍に所属している人は佐々木だけだ。1年から1軍に所属しているという噂は、学年でも広まるのが早い。それに佐々木はこの先生との掛け合いもできるくらい、いわゆる「ヨウキャ」だ。ヒエラルキートップ階層にいるのは明白だろう。「野球部所属」というステータスはヒエラルキーに大きく影響を与えると思う。佐々木のステータスなら、多少ヤリ◯ンだとしてもヒエラルキートップの地位は揺るがない。それなのに、佐々木も瀬戸と同様、中身も”良い奴”ときた。
佐々木も瀬戸も、太一と今後関わることはない人種だろう。
終業のチャイムが鳴った。これからは、各自部活や委員会などそれぞれの行動を始める。
俺は当然即帰宅だ。帰宅部にとって、どれだけ早く家に帰れるかが勝負だった。
しかし、今日はまだ教室に人が溜まっていた。どうやら先生達が放課後に緊急会議をすることになり、部活はなくなったらしい。
「また、3年の先輩がやったらしいよー」
「えー治安悪いねー」
職員会議の話だろうか。女子が話をするのが聞こえてきた。
こういう話は広がるのが早い。
だが、太一にとってそれはどうでも良い。ここからが問題なのだ。つまり、部活が無くなったとなれば、当然のように、クラスのみんなでカラオケやらボーリングやら遊びに行くという話になる。
こういう話の時、絶対に来てほしいレギュラーメンバーは、すでに声かけが終わっており、ある程度の人数は確定しているものである。
次に、レギュラーメンバーそれぞれが仲良く、必須ではないが来てくれたら嬉しいという準レギュラーメンバーにも声をかけ始め、それなりの人数が集まっていく。
さて、恐らくレギュラー、準レギュラーメンバーからすれば、ここまでで集まったメンバーで充分だろう。むしろ、これ以上人数が増えるのは遊びに制限がかかる可能性が出てくるから、避けたいところだ。
しかし、ここで問題になるのは、この日はほぼ全員が部活の予定だったところが空いたのである。断る人はほぼおらず、誘った人がほぼ全員になっていた。これはクラスの3分の2を占めていた。さて、クラスの大半が参加することになったということが意味するのは、クラスの有志メンバーによる遊びが、クラスのイベントに昇格してしまうのである。
例えば、隣の1組が全員で行ったとなると、必ずどのクラスにもいるあまり馴染めていない生徒を見捨てず遊びに行き、1組は、全員仲良しです! と他クラスにアピールすることができる。しかし、うちの2組は、クラスの3分の2が参加しているのに、参加していない人たちは誘われもしなかったとなると、なんて薄情な奴らなんだ、2組は1組に比べて仲が悪いんだなと評価されてしまう。
正直、クラスの評価が上下したことくらいで何か不利益がある訳ではないし、俺には全く理解できない。
それでも、権力者である「ヨウキャ」には、由々しき事態だ。クラスをまとめているのは、学級委員長ではなく、「ヨウキャ」である佐々木淳や瀬戸楓などである。2人は学校中で有名人であり、もしクラスのイベントで誰を誘うか選別していたと知られれば、それは今まで築き上げてきた評価を落とすことになるため、絶対に避けたいはずだ。
では、どうすべきか。答えは1つだ。もう参加が確定している人たちが、クラスのまだ声がかかっていなさそうな人たちに声をかけていく。ローラー作戦だ。
ほぼ全員に声がかかり終わった頃、やっと俺にも声がかかった。
「丸山も遊び行く?」
佐々木の側近の奴からだった。顔は笑顔だったが、それは友達に向ける笑顔とは別物だった。所謂ビジネススマイルというやつなんだろうか。それに気づけたのは、声をかけてきた背景に映った佐々木の顔からだ。佐々木の顔は、真顔より強張っているように見えた。その「ヨウキャ」の義務感から誘っており、どう接していいか分からない俺のような人間は可能な限り来ないでほしいと言っているようにしか見えなかった。きっとそうだ。
「ごめん、今日は予定があって。また今度。」
俺の答えはもちろん決まっている。予定なんてないし、遊びに行くのが嫌な訳ではない。でも、自分は誘われるべくして誘われた訳ではない。
遊びに行くのが望まれている人ではないのならば、わざわざ行くべきではない。ただ、それだけだ。
「やっぱり、丸山ってノリ悪いよなー」
「まぁ、気にせず行こうぜ」
「やっぱ、丸山くんは来ないよなぁ。部活はやってないみたいだけど、いつもすぐ帰るよな。1回しかない高校生活なのに、全然楽しもうって感じしないし、よくわからねぇ。……」
佐々木は、1人腑に落ちない様子だった。
「淳、なんでそんなに、あいつのこと気にしてるんだよ」
「いやぁ、何か知ってるような気がするんだよな。どこかで会ったことあるような」
「まぁ良いじゃん! とりあえず行くメンバー決まったし、カラオケ行こうぜ!」
教室を出た俺の耳に、佐々木とその取り巻きの声がうっすら聞こえてきた。
「チッ」
俺は不意に、誰にも聞こえないように舌打ちをした。
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