第6話
婚姻は、両性の合意のみに基づいて行われる。という建前はあるが、実際には、やはり家族や周囲の理解を得ておいた方が何かと都合はいいようだ。結婚式が二人の誓いの儀式なら、披露宴は、周囲の人たちに、二人の結婚という事実を知ってもらい、これからもよろしくお願いします的な意味を込めて行われる、らしい。縁がないからよくわからない。
一方では、結婚は人生の墓場などという人もいる。じゃあ結婚しなければいいのに。最近では同性婚を認めろという論調もあるようだけど、その意味が分からないわたしは遅れているのかもしれない。別に構わないけど。
きょうは姉の結婚式。いつか二人いっしょに結婚式をあげられたらいいね、なんて話していた子供時代のかわいい夢は実現することなく、独り身の私は家族席で幸せそうな姉の姿を見ている。
市内でも、もっとも大きな通りに面した国際ホテル。隣接するビルは、この地方で初めて地上30階の高さを誇り、現在はその向かいに地上34階のビルも建ち、まさに地方最大のこの街の中心部。ここで生まれ育ったものなら、この会場で結婚式を挙げたいと思う人は多い。
式は滞りなく行われ、続いて同じホテルのホールで披露宴の真っ最中。
なのだが、さっきからハラハラして動悸が止まらない。
不整脈ではない。それくらい専門家なのだから自分で分かる。
ふつうは披露宴の最中、新婦はほとんど食べられないし、お酒だって口をつけて見せるくらいと聞いている。
しかし、あれは何だ。
わたしたちは、何を見せられているのだ。
全員でまちがって、結婚披露宴ではなく、大食い大会の会場に来てしまったのか?
お祝いの言葉も聞いているのかいないのか、ひたすら料理を口に運び続け、あげくにはおかわりまで要求しているらしく、新婦の席だけ次から次へと料理が運ばれ、食器類の片付けが追い付かないため、回転寿司に来ている運動部員たちの席みたいになっている。
「カレーライスは飲み物」という言葉がこの地方にはあるが、新婦が口にしているのは、飲み物どころか、空気なのではないか、という勢いで吸い込まれていく。いや、新婦が掃除機なのかもしれない。スティックタイプという体型ではないけれど。
シャンパンか何かを気に入ったのか、お酒も飲み放題飲んでいるようで、シャンパンタワーでもする気か、というくらいのグラスが重ねられている。
プリンセスラインのドレスで下半身を隠したつもりかもしれないけど、お腹は隠れてないゾ。ドレスが破れるのだけは勘弁してほしい。
そして、両親への手紙の朗読のとき、心配していた以上の悲劇が起きた。席を立とうとした新婦が、お腹がつかえて動けないのだ。
お腹は出ているけど、あれは妊婦じゃなくて新婦だ。周囲の手助けでなんとか立ち上がったが、今度は酩酊状態でまともに歩けない。
会場がざわつき始め、わたしたち家族の席では、みんなが不安そうな顔。
と思いきや、新婦の惨状を見ながら、指差してゲラゲラ笑い始めた者がいるではないか。
ていうか。
アヤ?
どうしてアヤが家族の席に居るんだ?
家族同然で過ごしてきたとはいえ、一応他人なはず。まさか、実は本当のきょうだいだったとか?
お腹を抱えて笑う、という言葉はあっても、本当にそんな姿で、時折どこかのお笑い芸人みたいに手を叩きながら笑うヤツは初めて見たゾ。
会場は、動けない状態の妊婦、じゃなかった、新婦と、ゲラゲラ笑い転げているアヤを見比べながら、しらける人、ひきつる人、青ざめる人、さまざまな表情が見られる。
もういっそ、わたしが代わりにドレスを着て両親への手紙を朗読してやろうか。
そう思った瞬間、どこからともなく救急車のサイレンが聞こえてきた。倒れているのは誰だ?蘇生が必要な状態でなければいいけど。
疾病者を探しているうちに、スマホが鳴り、応答する。いつの間にか視界から披露宴の会場は消えていた。
そこは、いつもの自分の部屋。職業柄、救急車のサイレンでは必ず目が覚める。ベッドの中で、わたしは勤務先の病院からの電話に対応する。
電話が終わり、急患の診療のため、最低限の身だしなみを整えたらすぐに出動だ。さっきまでの悪夢のせいで、多量の発汗があったようで、面倒なので、家を出る前から仕事用のスクラブに着替えて上着だけ羽織って飛び出す。職場まで5分。
診療開始して10分で緊急検査、手術の準備だ。こうしてわたしの休日はだいたい仕事で終わる。患者が助かればいいのだ。
幸い受診がはやく、大きな後遺症は残さず退院できそうだ。治療がうまくいくと、やっぱり嬉しい。
仕事が一段落して一息ついていたら、スマホの通知が鳴る。メッセージを開くと、
「今度、国際ホテルのディナーにいかない?」
と、呑気な姉のメッセージ。
勝手に見た夢は、姉の責任ではないのは分かっているが、意地悪の一つくらい返してもいいだろう。
「あさひが結婚式挙げるときまでディナーはおあずけだよ」
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