第8話 只者ではないクルミナ

 朝を迎えた。

 昨日はあの後クルミナさんの作ってくれた魚料理をエクレアと必死に食べきった。

 包丁の強度もなんとか足りてくれたみたいでホッとしたのは顔には出さない。

 けれどあんな魚が売っているなんて、この町も伊達ではない。


「にしてもデーモンドラムドサーモンはやりすぎだろ。暗黒海にしか存在しない幻の鮭だぞ」


 そもそも本当にそんなものが売っているのか。

 もしかしたらあの短時間で、クルミナ自らが取りに行ったのではないかと想像してみた。

 しかしそれだけの気迫は感じられなかった。

 それに……


「カイさーん。朝ご飯ですよー。皆さんで食べましょー!」

「はーい、すぐに行きます」


 こんな陽気な人がここから200キロ以上も離れた暗黒海に行けるはずもない。


 *


 朝ご飯を女だけと一緒に食べるのは初めてだ。

 正直王都にいた頃から基本1人。リオンが隣に座ったことで、俺は仲間たちと一緒に食事を取るようになった。

 だからかは知らないがこの状況がどうにも居心地が悪い。

 パンが喉を通らなくなりそうだ。


「美味しいです、クルミナさん!」

「それはよかったです。このパン、実は私が作ったんですよ」

「そうなんですか。今度私にも教えてください! 私もこう見えてパン作りは得意なんですよ」

「ええ、構いませんよ。カイさんはどうしますか?」

「俺はもっといい包丁を作っておきますよ。それとあの腐った鍋も直します」


 俺の視線はキッチンに置き去りにされた腐った鍋に向いた。

 するとクルミナは驚いた表情を浮かべる。


「あれも直せるんですか!」

「もちろんですよ。原型がある物なら、いちいち素材がなくても直せるからな」

「何の話なの?」


 一方でエクレアは俺の魔法を知らないので話に付いていけない。

 けれど教える気はさらさらない。

 無駄に教えて口外されても面倒だ。言葉は武器だ。そして情報は最大の糧となる。

 そのことを重く理解しているからこそ、俺は話さなかった。


「知らなくていい」

「あっ、内緒の話なんてズルいよ!」

「ズルくない。そもそも俺はお前と仲良くない」

「また“お前”って言ったね! 言葉遣い直さないとダメだよ!」

「うるさい」


 俺はパンをかじりながら顔を逸らした。

 パサパサとしたパンだ。東洋生まれの俺には少し合わない西洋の味だ。


 *


「それじゃあ私は出かけてきますね!」

「はい、行ってらっしゃい」


 エクレアは朝ご飯を食べるとそそくさと出て行ってしまった。

 昨日昼間に見た格好だったので、冒険者ギルドにでも行ったのだろう。

 俺も少し時間を空けてから行くことにした。

 このまま一緒に向かえば、変に周りからの視線が痛い。


「エクレアさんっていい子ですよね」

「そうですね」

「それに明るくて可愛くて……しかも相当の手練れ」

「えっ?」


 俺はクルミナの言葉に耳を疑った。

 どうしてそんなことが言えるんだ。確かにエクレアには不思議な力があることは確かだ。

 俺の《武具生成》にも似た特質すべき魔法を持っていてもおかしくない。

 それに腰に帯刀した剣。明らかに只者ではない。それだけの気迫ははらんでいた。


「今何って言いました?」

「気にしないでください。さてと、掃除掃除」


 俺は腐った鍋を直しながら、視線だけはクルミナを睨みつけていた。

 凝視していると言ってもいい。

 自分の言葉を隠す。けれど情報は小分けにしている。明らかに注意すべきは彼女だと、俺の脳が訴えかけていた。

 しかし踏み込む勇気が湧かない。下手に手を出せば死ぬ。そんな気がした。


「俺も出てきます。鍋はここに置いておきますね」

「はい……行ってらっしゃい……もういない」


 クルミナは振り返るが、そこに俺の姿はない。

 残っているのは俺が直した鍋だけだ。新品同様の輝きを放ち、クルミナは拾い上げると笑みを浮かべた。


「久しぶりに揚げ物でもしようかしら」

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