第5話 喫茶店兼宿屋の店主

「あの、何ですか?」

「ありがとうございました。おかげで詐欺に遭わなくて済みました」


 主婦の女は俺に頭を下げた。

 あまり目上の相手から頭を下げられるのは好きじゃない。もちろん下からもだ。

 俺にはそう言った欲は欠片もない。


「はぁ。そんなことならいいですよ。じゃあ俺は行きますね」

「待って!」

「何ですか? 主婦が俺みたいな若い男と一緒に居たら色々とマズいでしょ」

「えっと、私は主婦じゃないです。まだ未婚ですから」

「そうですか。失礼しました。てっきり大人びていたので」


 俺は正直に伝えた。すると「ふふふ」と笑った。

 どうやらよく言われることのようなので、何も気にしていないみたいだ。それなら俺も気にする必要はない。けれど名前がわからないのは呼び名として不便だ。


「俺はブキヤ・カイと言います。貴女は?」

「あっ、私はクルミナと言います。カイさんは冒険者さん何ですか?」

「一応そうですね。それでまだ用がありますか?」


 俺は早く冒険者ギルドに行きたかった。

 少しでも顔を売っておきたい。そして宿を取らないといけない。

 正直に言えば宿の方が危なかったので、こんなところで油を売っている時間はなかったが、クルミナは俺に面と向かってとんでもないことを言った。


「あの、ここにある包丁や鍋はどうしたらいいですか?」


 予想外の一言だった。

 正直まさかそんな話を初対面の俺に面と向かって言える度胸が凄かった。尊敬に値する。

 とは言え、俺には返答はない。

 そんなもの知らん。


「あっ、そこなんだ」

「はい。私は宿もやっているんですが、正直包丁がないと料理ができなくて……」

「どうして俺にそんなことを?」

「だってカイさんはこの町の人じゃないですよね」


 俺は驚いた、そして身構えた。

 まさかこの町の人間全てを把握しているのだろうか。それなら常軌を逸している。

 けれどそんな素振りは何処にもなく、俺は怪しさで胸が締め付けられそうだった。


「よくわかりましたね。俺がこの町の住人じゃないと」

「見たことがありませんからね。それより、何か持ってはいませんか?」

「持ってるわけないでしょ。特に包丁なんて物騒なもの」

「やっぱり冒険者さんでもですか……」


 そもそも期待する方が馬鹿者だ。

 俺は呆れてしまったが、ここで一つ気になることがあった。

 クルミナは確かに宿をやっていると答えた。

 つまりここで媚を売っておけば、安く宿に泊まれるかもしれない。そう考えたゲスい俺はある提案を持ちかける。


「よければ包丁を作りましょうか?」

「えっ!? 作れるんですか」

「はい。俺は武器屋なんです。材料さえあれば俺が武器と認識したものであれば何でも作れますよ。材料は……この粗悪品を使います」


 俺は落ちていた包丁の破片を拾い上げる。

 かなり雑な作りだがないよりはマシだ。一度溶かせば再利用もできる。

 ぶっちゃけ俺の魔法は溶かすとかの次元じゃないが、ある程度は問題なくできるはずだ。不可能はないと言いたい。

 しかし問題は彼女に怪しいと思われないかどうかだ。

クルミナが疑う可能性も俺の視野の中に落とし込む。けれど反応が良かった。

 俺は条件提示をした。


「その代わり、安く宿に泊めてもらえますか? 安心してください。俺の作る包丁はこんな粗悪品とは違うので」

「わかりました。ちょうど今日は別のお客様も泊まられるので急いで戻りましょう」


 ラッキーだ。まさかあのマッチポン追う野郎のおかげでこんな幸運に巡り合うことができた。

 しかし町の入り口から入っては見たが、どの宿のことだろうか。


「それでその宿は?」

「すぐですよ、すぐ!」


 俺はクルミナに腕を引かれ、路地裏を出た。

 すると以外に近くに宿はあったが、意外にも繁華街だった。

 しかし残念なのは少しくたびれた様子であまり繁盛しているとは言えなかった。

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